1. ギャップイヤーを取る前の私の悩み
高校3年生になった最初の朝に目を覚ました時のことが今でも鮮明に覚えている。目を開けた瞬間に突然「私の人生はどこへ向かっているのだろう?」という悩みが湧いてきた。その日は高校3年生という理由ですべての対外活動を公式に終えた翌日だった。自分を説明し、特徴づけてくれていたすべての活動をやめて、これからは勉強だけしなければならないと思うと頭が混乱したのだろう。その時から何のために勉強するのかという渇望が生まれた。結局、学力があって入学したのではなく、一生懸命取り組んでいた対外活動のおかげで田舎から首都圏のかなり名の知れた学校に入学できた。しかしそれでも私は大学に行く理由がわからなかった。大人たちの助言どおり大学に行けば解決するだろうという希望を持って入学したが、私の内面の問題は決して消えなかった。私はいまだに何のために勉強しているのかわからなかった。
2. ギャップイヤー中にしたこと
大学の1年生を終えるとすぐに休学した。そして一人で暮らしてみたいと独立し、あれこれアルバイトを始めた。社会での生活は楽ではなかったが、1年間で稼いだお金で海外に行けるようになった。(当時はお金を貯めたらとにかく海外に行こうと思っていた。)しかし周囲の大人の推薦でフィリピンのあるNGOを知り、そこのプログラムマネージャーに応募した。プログラムマネージャーはNGOの事業を管理・運営する人だ。私が所属していたNGOは地域のコーディネーターを中心に運営されていたため、コーディネーターを管理し、彼らを相互に結びつけて事業の効果を高め、進行中の事業がどのように運営されているかをモニタリングすることが重要だった。そこで週に2回以上はフィリピン各地を回ってコーディネーターに会い、事業現場を評価した。また事業現場を支援者とつなぐために各種の広報資料を作成することもあった。小さな団体だったため様々な仕事を経験でき、自分で企画し現地の人々とコミュニケーションを取る機会が多かった。
3. ギャップイヤー後の私の人生
NGOでの活動経験を認められ、その後もさまざまな海外ボランティア活動に参加でき、KOICAで働く機会も得た。しかしKOICAはNGOとは異なり現場ではなく管理業務が中心だったため、私の性格にはあまり合わなかった。何よりも、あまりに居心地の良い公的機関の雰囲気に慣れてしまい、本当に望むことを達成するよりも安定だけを追求して生きてしまうのではないかと不安になり始めた。結局仕事を辞めて起業を決意した。ギャップイヤーを取ると決めた経験があったからこそ、新しいことを始めるのが比較的容易だったのかもしれない。現在は本当の私の夢である「一人ひとりの個性が市民性の中で発現する社会をつくること」のために、若手起業家として教育コンテンツの流通事業を準備している。

ⓒコリア・ギャップイヤー
4. ギャップイヤー後に変わったこと
ギャップイヤー期間中の最大の収穫は、自分自身が何を望んでいるのかを発見できたことだ。これは私の態度の変化にもつながった。もちろん当時見つけた夢は非常に漠然としていた。しかしそれを具体化するためには勉強を続けなければならないという考えに自然と至った。そこで約1年半のNGO活動(アルバイト期間も含めれば2年半)を終え大学に戻った。こうして覚悟を決めて勉強を始めると、いつの間にか私は積極的な大学生になっていた。また自分が何を望んでいるか、何をすべきかがわかるようになったことで、勉強も楽しくなった。ギャップイヤー前にも勉強が楽しいと感じる時はあったが、方向性がわからずあたふたして不安だった。それがギャップイヤーを通して自分を見つけたことで、勉強でも対外活動でも何事にも自信が持てるようになった。
5. ギャップイヤーを勧めるなら
「自分」についての探求が足りない青少年や若者にはギャップイヤーを勧めたい。
我が国の教育システムでは「余裕」を持つことは非常に難しい。勉強することもやらなければならないことも多いからだ。しかしギャップイヤー中、私は1年あるいはそれ以上の時間を丸ごと自分に投資することができ、自分が何を望んでいるのかをおぼろげながら理解することができた。もちろんギャップイヤーを取ったからといって突然大きな悟りを得てぱっと立派な人になるわけではない。しかしギャップイヤーで見つけた自分の本当の考えや感情を現実の中で実践しながら生きていくうちに、私の夢は明確になり、感情もよりはっきりしてきた。(見方によっては、私は今でもギャップイヤーから始まった「自分」についての探求を続けているとも言える。)したがって自分を見つめ直す時間が必要な青少年や若者たちにも、ギャップイヤーを通じて自分自身を発見してほしい。

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