#状況対処能力の向上、謙虚な態度 #パリでの現地生活、多様な人々との出会い #自分の権利と感情表現の重要性、関係の難しさと学び
本当に現地の人のように長くゆっくりと眺めることができた点がとても良かった。以前から憧れていたパリ。私の初めてのヨーロッパ訪問地だったパリ。この場所での10週間はとても大切だ。たとえ今は言葉で説明できなくても、私は確信している。きっと私には変化が起きているはずだ。そして長い人生に確実に役立つと思う。 フランス パリ、ギャップイヤーステイの感想 / ソン・ジュヨン ギャップイヤー族 ギャッパー / 10週間のギャップイヤー |
現在の韓国は、
一年間で中高校生の学業中断が6万人、夢がなくただ遊んでいる20代が34万6千人、就職後1年以内の離職率が40%台に突入、大学生の75%は大学生活に満足しておらず、会社員の80%以上が幸福を感じていないそうです。多くの人が夢を見ろと言うが、現実的な方法や支援のないこの問題を解決しようと 韓国にも『ギャップイヤー』を導入したいと考えています。
『ギャップイヤー(Gapyear)』とは学業と仕事を並行したり一時的に止めて、ボランティア、旅行、インターン、教育、起業などの様々な活動を通じてこれから進む方向を設定する時間として、米国、ヨーロッパ、日本などで推奨されている文化です。
#困難があるだろうと予想しながら、私はその仕事に挑戦してみようとパリへ行った。

サービス職は韓国ではわざわざ探してまでするタイプではなかった。私と同世代の他の人たちがやりそうなカフェやその他のサービス業のアルバイトもしたことがなかった。韓国でやらなかったこの仕事を別の国でできるだろうか、人と接する仕事だからむしろもっと大変で困難があるだろうと予想しながら、私はその仕事に挑戦してみようとパリへ行った。
#パリについて本当に何の情報も知らなかった私が、客にツアーをするほどパリについて知るようになり、誰かに情報を教えられるようになった。

全く縁のないその場所で、私はギャッパーとしてどんな仕事をどのようにするのだろうか。そもそもどんな期待を抱いてギャップイヤーに参加したわけでもないが、10週間の私の経験はどんなものだろうかと少し気になった。手荷物紛失で悪名高いと言われるアエロフロート。幸いにも手荷物の紛失はなかった。モスクワ経由で約18時間。パリには夜遅く到着し、RERの終電も行ってしまう時間だった。
誰もいない空港でOPERA駅までROISSYバスに乗り、インターネットもよくつながらずOPERA駅の切符を買える入り口を探すのにも時間を費やし…キャリーケース一つ、バッグ一つで見知らぬ土地パリ、そうして最初の挑戦をした。3号線終着駅の近く、インターネット電話屋の前まで迎えに来てくれたスタッフ。いっしょに働くスタッフは誰だろう、私はどんな仕事をするのだろう、何の情報もないままゲストハウスで過ごした初日の記憶がよみがえる。
何も知らなかった。その時までは…エッフェル塔もパリに到着してから1週間後にようやく見て、パリについて本当に何の情報も知らなかった私が、客にツアーをするほどパリについて知るようになり、誰かに情報を教えられるようになった。
いろいろなことを経験しながら10週間もあっという間に過ぎ、皆でワインパーティーをし、ゲストハウスの『PARIS』という電飾だけが残る中一日を終えた夜勤、ゲストハウスを移ってからは7時から一日を始め、ゲストのスケジュールや食事の準備、そして清掃までさわやかなスタートをしなければならない朝勤、短いが約2週間エッフェル塔、モンマルトルの夜景、そしてシテ島までツアースタッフとして過ごした経験
週に二、三回家を守りながら行き来するゲストのチェック、チェックアウトするゲストへの手紙書き、ゲストハウスの寝具や全体を管理しなければならないキープ業務、そのほか花植え、ドアノブ修理、シンクの詰まり解消、倉庫整理、ベッドメイキングなど、マクガイバーのように修理をし、男性の役割をしっかり果たしてソンガイバーになった姿もあった。
このようにゲストハウスの全般についてすべて経験したことは、それまで私がしてきた仕事と比べると私にとってとても新しい経験だった。私も知らなかったが、状況に合わせてやっていると全部できるようになるものだ。だから私にとってはさらに特別なものだ。パリ ギャップイヤーステイ…
#現地の人のように長くゆっくり眺めることができた点がとても良かった。
少し視点を変えてみれば、パリにこんなに長く滞在できる機会は簡単にはないだろうが、私はその機会を得たことに感謝している。パリ郊外へ行くこともあり、天気のいい日には公園を散歩したり、ゲストハウス近くのパン屋でスタッフと一緒にミルクティーを飲み、シュケットとクロワッサンを食べたり、エッフェル塔を一日中見ていたり、キラキラ光る定刻のショーを何度も見た。
モンマルトルの夜間ツアーに行ったり、モンパルナス・タワーからの夜景やレストラン。プランタン百貨店から眺めたエッフェル塔。シャンゼリゼ通り。自転車でパリを回り、オルセー美術館、ルーブル美術館の夜間開館に駆けつけたり、チュイルリー庭園の緑の椅子でのんびりしたり、ヴェルサイユの庭でボートを漕いだりした。
その他のおいしい料理やエクレア、野外カフェでのエスプレッソ一杯、サーモンバゲットサンドイッチ、ゲストたちと一緒に作って食べたキムチチャーハン、ソルボンヌ大学訪問、マレ地区のユダヤ人街、ノートルダム大聖堂前のポイントゼロ、バトームーシュ、私たちが本当に頻繁に行ったAuchan(オーシャン)マート、トルヴィアック駅付近で食べたフォー、サン=ジェルマン通りのジャコバンのオリステーキとロダン庭園のピスタチオのミルフィーユ、動く遊園地、パリ国立図書館とヴァンヴの蚤の市などなど、長期間パリをより長く見ることができるという点。
本当に現地人のように長くゆっくり眺めることができた点がとても良かった。以前から憧れていたパリ。私の初めてのヨーロッパ訪問地であったパリ。この場所での10週間は本当にかけがえのないものだ。
私だけのおすすめ旅行地、パリ近郊!

エッフェル塔やモンマルトルの丘など主要なパリ市内も良いが、私はパリ近郊の方が好きだった。ポントワーズとオーヴェル=シュル=オワーズ、フォンテーヌブロー城、シャンティイ、モネの庭ジヴェルニー、モン=サン=ミッシェルツアー(オーナーが送ってくれた)、モレ=シュル=ロワン(シスレーの村)などなどは、私にとって休息になれる良い場所だった!
#自分の権利と感情を表現し、謙虚に正直に話す姿勢が必要だと感じた。
私の話し方や行動が私の意図と違って、誰かにとって良くない方向に誤解を招くことがあるという点について改めて考えるようになり、自分を振り返って気づき学ぶことができた。気配りや共同体意識が少し増えたと言えるだろうか。世の中には本当に多様な人がいて、彼らの考えと私の考えは本当に異なり得ることを改めて感じた。同じ言葉でも相手のことをもっと考え尊重する言葉が必要だということを…
辛いときは辛いと言い、要求する時はこういう部分が必要だと、自分の権利と感情を表現し謙虚に正直に話す姿勢が必要だと感じた。以前は辛さをあまり表に出さず黙々とやるタイプだったが、まだ不器用ではあるけれど以前よりも他人に対して苛立ちを見せたり、辛さを表そうとすることが増えた。
以前オーナーと話した内容を思い出す。時にはクマになり、時にはキツネにもならなければならないと…クマばかりになろうとすると自分だけが大変で傷つく。キツネにもならなければ他人の助けや気遣いを受けられないと。私の性格を変える必要があると言ったその言葉が特に心に残っている。私がするべきことをしただけなのに、相手やお客さんがそれを気遣いとして感謝を表してくれることに感動した。
#いろいろな過程の中で私は多くを学び、気づき、成長したように思う。
民宿の特性上、状況に応じてさまざまなことが起こり、私の担当でない仕事でも一緒にやらなければならないことがあった。ゲストハウスを移ったときのポジション交代への適応、雰囲気への適応、新しいスタッフ間で最年少としての適応、そして体調が最悪だったときは特に辛かった。
身体と心が疲れていると、初めて会う他のスタッフに対する私の行動が意図と異なり誤解を招くことがあり、私としては配慮だと思った行動が相手には違って感じられること、私の表現方法がもしかして間違っていたのではないかと感じたこと、新しい方法でリセットして状況に適応していく間の経験など、さまざまな過程の中で私は多くを学び、気づき、成長したように思う。
実はオーナーが命じる仕事よりも、ゲストハウスの仕事自体よりも、同僚スタッフ間で調和を保って生活することの方が大変だったように思う。私が少しでも大変でも他のスタッフを助けようとしたことが、彼らにとってはかえってより負担になっていたのかもしれない。
こうした人間関係では『自分の仕事ではないのになぜやらなければならないのか?』という考えよりも、お互いに温かく思いやりながら乗り越えようという考えを持てば、もっと温かく仕事ができるだろう…という考えをよりするようになった。時には私が損をしても、それが単なる損失ではないこともある。その損だと思うことが私にとって大きな助けや人生の足がかりになることもあるだろう。
#長い人生においてきっと役に立つだろうと思う。

ゲストハウスを移ったときに辛かった私を特に気にかけてくれたお客さん、私の最初のツアーを面白いと喜んでくれよくついてきてくれたお客さん、買い物のついでに持ってきてくれてプレゼントまでくれたお客さんなど、よく見ると些細なことではあるが、誠意や気持ちが行き交い伝わることが私に力を与え感動を与えてくれた。
虎穴に入っても冷静でいれば生きられるという昔の言葉があるように、状況に応じて私は変わることができ、どんなことでも乗り越えられるという点を改めて知った。実はギャップイヤー前後で自分のどんな姿が具体的に変わったのか、これからどう変わっていくのかは私もまだよくわからない。今は言葉で説明できないけれど、私は確信している。きっと私には変化があったはずだ。そして長い人生において確実に役に立つだろうと考えている。
#ただ私は私だ。より自分を認めるようになった。
ギャップイヤーをする前は頼りがいのある自分を変えてみようと思った。自分に対する混乱があった。誰も知らない場所で今までの自分とは違う生き方をしてみようとしたこともあった。実はここでも私の姿はほとんどそのままだ。変えようと試み挑戦はしたが、実際には私の本来の姿は変わっていない。ただ私は私だと、より認めるようになった。
しかし周りの人たちは私に言う。ずいぶん明るくなったと、相手が感じる私の姿が私が思っている姿とは違うことにも気づいたと。私の行動や口調が少し柔らかくなり、スタッフとより調和して過ごし、ゲストにはより親しみやすくなったと他の人たちは私に言う。リーダーの役割を主に担ってきたこれまでの経験の影響なのか、振り返ってみると、私がリードするやり方に固執して主張していた態度は本当に変わったようだ。
特に、ゲストハウスを移って末っ子としてスタッフのお姉さんたちと一緒に過ごし、より多様な人々と交流する中で気配りが早くなり、少し謙虚になったと言われるが、こうした過程で私は自分の短所と長所をよりよく知り、自分らしさを受け入れるようになった。頼りがいがあることは私の固有の長所だ。私も気になる。変わった自分の姿はこれからの私にどんな使命を与え、どんな結果をもたらすだろうか。
# すべての縁にとても感謝している。
私は実は最初から新しい人たちとステイして一緒に過ごし、その中で縁を見つけたいと思って応募していた。その目標は達成できたようだ。外見は荒っぽいが内面は繊細で「うちのジュヨン」と私たちを家族のようにたくさん気にかけてくれた社長さん。スンアさんと奥様、これまで出会ったスタッフたちのおかげでたくさん学べて、それでより記憶に残っているヘリムお姉さん
本当に短い期間に出会ったけれど、これさえも縁だった友達ソンイ、パリで初めて会った韓国人で夜遅く到着した私をピックアップしてくれたヒョンソプお兄さん、あまりたくさん話せなかったけれどゲストハウスに移動する日においしいチャーハンを作ってくれた写真家のMr. Kang、スヒョンお兄さん、「用事ないよ〜」の名セリフの主人公であるおばさん、ゲストハウスを移ってからあまり世話できなくてその分申し訳ないウンビン、そしてジョンフン、初めて会ったときから教えてくれてよく面倒を見てくれた、自作の蒸し卵とエンジェルチーズサラダを作ってくれて私にメイクもしてくれたベテランのハジュン姉さん
私が来るや否やイギリスに行った旧社長さん、パリにいる間によく世話をしてくれておかげでおいしいご飯をたくさん食べられた、麺とチャプチェがとても恋しいゲストハウスのおばさん、ギャップイヤー期間の終わり頃に新しく出会い一緒に時間を過ごしたことがありがたいジョンウォン、名前も同じで故郷までつながっていて不思議だった、簡単ではない縁のようでより思い出すジュヨン姉さん、引き継ぎの間本当に良くついてきてくれて感謝している、ツアーを本当に一生懸命やるジウン
最後に会った短い時間が名残惜しいジニ、ギャップイヤーの最初から最後まで、そして今も旅を共にしている良くも悪くも私の大切な家族ヘリ姉さん。バトー・ムーシュやモンパルナス・タワーまで初めて一緒に行った友人ゲストたち、ヘリ姉さんと最初にチェックインを受けた獣医のゲストたち、私のつらい期間に力になってくれたゲストたち、パスツアー参加者のゲストたち、その他に出会った多くのゲストたち…このすべての縁にとても感謝している。
# 大切な一日が積み重なってこそ、私が考えるあなたの『ギャップイヤー』だ。
ギャップイヤーに来るときは多くの期待を抱くよりも期待を捨てて来るほうがいいのではないかと思う。とはいえ目的もなく来なさいという意味では決してない。自分の目標は考えて来るべきだが、その一日一日を一生懸命生きようということだ。与えられた仕事をしながら。その大切な一日が積み重なってこそ、私が考えるあなたの『ギャップイヤー』だ。人と出会うことも、自分を振り返って考えることも、すべてその一日一日の中で起こることだから。一日一日、瞬間瞬間を一生懸命生きよう。
# ちょっとしたコツ
パリの天気は変化が多い。4月や5月でもよくコートを着ることがあるので、長めの服やコート類を何着か持ってくると良いだろう。パリの旅行情報が載った本はこのゲストハウスにも多いので、わざわざ持ってくると荷物になるかもしれない。シャンプーや簡単なバス用品は持ってきてもいいし、こちらで買ってもいい。
ゲストハウスのPCは使えるが、個人用ノートパソコンが重くなければ持ってくると役に立つ。写真をたくさん撮ることができるので、外付けハードディスクや携帯電話、あるいはカメラ用の外付けメモリを追加で持ってくるとより良いだろう。
その後ギャッパーたちにこれだけは伝えたい。韓国と違う生活を送りたいから?人に追われてギャップイヤーに来たから?ノー。ここでは韓国以上に多くの人に会い、人と向き合わなければならない。違わないが、仲間のスタッフと過ごす方法を知る必要があり、ゲストと交わる方法も知る必要がある。
たくさんの人に会いたくてここに来たが、多くの人に会う中で最初と違って仕事として感じられ、人に会うことにだんだん疲れてくることもあるだろう。しかし、こうしたことをするのが大変であっても、人の中で学び成長することは確かにあるだろう。きっと自分と違う人から学べる点が見えてくるはずだ。知らず知らずのうちに…
# ギャップイヤー参加者のための3つのヒント
私が書いた内容のせいで、悪いことばかり聞いてギャップイヤー参加の前にあらかじめ怯えないでほしい。あなたが予想していなかった部分について助言を心からしてあげたかった。パリでのステイ中は、きっとうれしいことや良いことがもっと多いということを忘れないでほしい。私が縁に出会いヨーロッパ旅行を共にしたように。
1. 引き継ぎを受ける後任者の立場から。
私と気が合うスタッフであろうとそうでなかろうと、10週間一緒に過ごし共に働かなければならないということを最初から忘れないでほしい。
私が韓国でリーダー役をしてきたどんな経験をしていようと、それはここでは重要ではない。あなたは何も知らない最初の段階、つまりリセットされた状態でここで再出発するのだ。誰だかも知らなかった新しいスタッフたちと共に生活しながら、このゲストハウスの仕事を完成させていくのだ。
この中での思いやり、コミュニケーション、共感、協力、妥協などは非常に重要な要素だ。既に知っている知識が後にあなたの仕事に役立つかもしれないが、引き継ぎを受ける間は自分より先に勤務した先参加者のアドバイスを優先してより注意深く聞き従う必要がある。この事実は新人としての当然の姿勢だが、ギャップイヤーを初めて始めるギャッパーたちにとって受け入れがたい部分かもしれない。
もちろん、最初は自分が想像していたギャップイヤーと大きく異なることがある。状況によってはポジションが明確でないこともあり、自由時間やスケジュールが決まっていなかったり変動することもある。思ったより大変なこともある。
しかし、自分だけがそんな考えを持ってここに来たと思ってはいけない。あなたが抱いているその考えは決してあなた一人のものではない。他のスタッフたちもこれまで苦労し、経験してきた。あなたが違和感を覚えたその「ギャップイヤー」も同じように諦めず最後まで乗り越えてきた。一人ではなく、一緒に困難を乗り越えよう。あなたはできる。いや、あなたは自分の選択に責任を持ってやり遂げるだろう。
最初は知らないのは当たり前だ。ミスをするのも当然だ。そうしたことを恐れず、仕事を完璧にこなそうともしないでほしい。分からないことは分からないと認めながら少しずつ学んでいくのだ。この学ぶ姿勢が重要だ。韓国の職場における先輩・後輩の関係とほぼ一致すると、ここでの生活も一つの社会生活だと考えればよいだろう。
2. 働く立場から。
時にはゲストハウスの特性上、流動的な仕事が多いこともある。また、自分のポジション以外の業務を兼務することもあるだろう。自分のポジション以外の仕事をなぜやらなければならないのかと不満を言ったり利害を考えるより、自分が住んでいる家の管理をしていると考える方がいいだろう。
お客さんとの関係の中で、私は客ではなくゲストハウスのスタッフであるという自分のポジションを忘れてはいけない。自分の行動や言葉が思わぬところでゲストハウス全体の象徴になり得る。
3. 引き継ぎを行う先輩の立場から。
あなたが新しく入って何も分からない状態でギャップイヤーを始めたときの感情を思い出せ。あなたはその間時間を過ごして経験してきたが、あなたの後任にとってはすべてが初めてだ。私が辛かったように、後任のギャッパーも同じように辛く孤独だろう。その人が私のギャップイヤー期間が終わった後の10週間を耐え、うまくやっていけるように、励ましや助言を惜しんではならない。
特に、仕事面から私事に至るまで共感できる自分の経験を話してコミュニケーションを取ることが重要だと思う。引き継ぎを行うときは、やるべきことを教え、見本を見せた後、後任者が実際にやってみる時間を与えると良いだろう。後任者が実際に仕事をしている様子を見ながら、抜けている部分や補うべき点などを引き継ぎ期間中に適宜フィードバックしてあげれば、後任者にとってより役に立つだろう。
もしかしたら、後任者には知識の伝達よりも感情のコミュニケーションがより必要かもしれない。気に入らない行動や話し方があっても、一度、二度、三度とその人の立場に立って考え、理解しようとする時間を持てる立派な先輩になろう。その人にもきっと理由や事情があるだろう。なぜなら、私たちは人間だから。
本当に現地の人のように長くゆっくりと眺めることができた点がとても良かった。以前から憧れていたパリ。私の初めてのヨーロッパ訪問地だったパリ。この場所での10週間はとても大切だ。たとえ今は言葉で説明できなくても、私は確信している。きっと私には変化が起きているはずだ。そして長い人生に確実に役立つと思う。 フランス パリ、ギャップイヤーステイの感想 / ソン・ジュヨン ギャップイヤー族 ギャッパー / 10週間のギャップイヤー |
現在の韓国は、
一年間で中高校生の学業中断が6万人、夢がなくただ遊んでいる20代が34万6千人、就職後1年以内の離職率が40%台に突入、大学生の75%は大学生活に満足しておらず、会社員の80%以上が幸福を感じていないそうです。多くの人が夢を見ろと言うが、現実的な方法や支援のないこの問題を解決しようと 韓国にも『ギャップイヤー』を導入したいと考えています。
『ギャップイヤー(Gapyear)』とは学業と仕事を並行したり一時的に止めて、ボランティア、旅行、インターン、教育、起業などの様々な活動を通じてこれから進む方向を設定する時間として、米国、ヨーロッパ、日本などで推奨されている文化です。
#困難があるだろうと予想しながら、私はその仕事に挑戦してみようとパリへ行った。

サービス職は韓国ではわざわざ探してまでするタイプではなかった。私と同世代の他の人たちがやりそうなカフェやその他のサービス業のアルバイトもしたことがなかった。韓国でやらなかったこの仕事を別の国でできるだろうか、人と接する仕事だからむしろもっと大変で困難があるだろうと予想しながら、私はその仕事に挑戦してみようとパリへ行った。
#パリについて本当に何の情報も知らなかった私が、客にツアーをするほどパリについて知るようになり、誰かに情報を教えられるようになった。

全く縁のないその場所で、私はギャッパーとしてどんな仕事をどのようにするのだろうか。そもそもどんな期待を抱いてギャップイヤーに参加したわけでもないが、10週間の私の経験はどんなものだろうかと少し気になった。手荷物紛失で悪名高いと言われるアエロフロート。幸いにも手荷物の紛失はなかった。モスクワ経由で約18時間。パリには夜遅く到着し、RERの終電も行ってしまう時間だった。
誰もいない空港でOPERA駅までROISSYバスに乗り、インターネットもよくつながらずOPERA駅の切符を買える入り口を探すのにも時間を費やし…キャリーケース一つ、バッグ一つで見知らぬ土地パリ、そうして最初の挑戦をした。3号線終着駅の近く、インターネット電話屋の前まで迎えに来てくれたスタッフ。いっしょに働くスタッフは誰だろう、私はどんな仕事をするのだろう、何の情報もないままゲストハウスで過ごした初日の記憶がよみがえる。
何も知らなかった。その時までは…エッフェル塔もパリに到着してから1週間後にようやく見て、パリについて本当に何の情報も知らなかった私が、客にツアーをするほどパリについて知るようになり、誰かに情報を教えられるようになった。
いろいろなことを経験しながら10週間もあっという間に過ぎ、皆でワインパーティーをし、ゲストハウスの『PARIS』という電飾だけが残る中一日を終えた夜勤、ゲストハウスを移ってからは7時から一日を始め、ゲストのスケジュールや食事の準備、そして清掃までさわやかなスタートをしなければならない朝勤、短いが約2週間エッフェル塔、モンマルトルの夜景、そしてシテ島までツアースタッフとして過ごした経験
週に二、三回家を守りながら行き来するゲストのチェック、チェックアウトするゲストへの手紙書き、ゲストハウスの寝具や全体を管理しなければならないキープ業務、そのほか花植え、ドアノブ修理、シンクの詰まり解消、倉庫整理、ベッドメイキングなど、マクガイバーのように修理をし、男性の役割をしっかり果たしてソンガイバーになった姿もあった。
このようにゲストハウスの全般についてすべて経験したことは、それまで私がしてきた仕事と比べると私にとってとても新しい経験だった。私も知らなかったが、状況に合わせてやっていると全部できるようになるものだ。だから私にとってはさらに特別なものだ。パリ ギャップイヤーステイ…
#現地の人のように長くゆっくり眺めることができた点がとても良かった。
少し視点を変えてみれば、パリにこんなに長く滞在できる機会は簡単にはないだろうが、私はその機会を得たことに感謝している。パリ郊外へ行くこともあり、天気のいい日には公園を散歩したり、ゲストハウス近くのパン屋でスタッフと一緒にミルクティーを飲み、シュケットとクロワッサンを食べたり、エッフェル塔を一日中見ていたり、キラキラ光る定刻のショーを何度も見た。
モンマルトルの夜間ツアーに行ったり、モンパルナス・タワーからの夜景やレストラン。プランタン百貨店から眺めたエッフェル塔。シャンゼリゼ通り。自転車でパリを回り、オルセー美術館、ルーブル美術館の夜間開館に駆けつけたり、チュイルリー庭園の緑の椅子でのんびりしたり、ヴェルサイユの庭でボートを漕いだりした。
その他のおいしい料理やエクレア、野外カフェでのエスプレッソ一杯、サーモンバゲットサンドイッチ、ゲストたちと一緒に作って食べたキムチチャーハン、ソルボンヌ大学訪問、マレ地区のユダヤ人街、ノートルダム大聖堂前のポイントゼロ、バトームーシュ、私たちが本当に頻繁に行ったAuchan(オーシャン)マート、トルヴィアック駅付近で食べたフォー、サン=ジェルマン通りのジャコバンのオリステーキとロダン庭園のピスタチオのミルフィーユ、動く遊園地、パリ国立図書館とヴァンヴの蚤の市などなど、長期間パリをより長く見ることができるという点。
本当に現地人のように長くゆっくり眺めることができた点がとても良かった。以前から憧れていたパリ。私の初めてのヨーロッパ訪問地であったパリ。この場所での10週間は本当にかけがえのないものだ。
私だけのおすすめ旅行地、パリ近郊!

エッフェル塔やモンマルトルの丘など主要なパリ市内も良いが、私はパリ近郊の方が好きだった。ポントワーズとオーヴェル=シュル=オワーズ、フォンテーヌブロー城、シャンティイ、モネの庭ジヴェルニー、モン=サン=ミッシェルツアー(オーナーが送ってくれた)、モレ=シュル=ロワン(シスレーの村)などなどは、私にとって休息になれる良い場所だった!
#自分の権利と感情を表現し、謙虚に正直に話す姿勢が必要だと感じた。
私の話し方や行動が私の意図と違って、誰かにとって良くない方向に誤解を招くことがあるという点について改めて考えるようになり、自分を振り返って気づき学ぶことができた。気配りや共同体意識が少し増えたと言えるだろうか。世の中には本当に多様な人がいて、彼らの考えと私の考えは本当に異なり得ることを改めて感じた。同じ言葉でも相手のことをもっと考え尊重する言葉が必要だということを…
辛いときは辛いと言い、要求する時はこういう部分が必要だと、自分の権利と感情を表現し謙虚に正直に話す姿勢が必要だと感じた。以前は辛さをあまり表に出さず黙々とやるタイプだったが、まだ不器用ではあるけれど以前よりも他人に対して苛立ちを見せたり、辛さを表そうとすることが増えた。
以前オーナーと話した内容を思い出す。時にはクマになり、時にはキツネにもならなければならないと…クマばかりになろうとすると自分だけが大変で傷つく。キツネにもならなければ他人の助けや気遣いを受けられないと。私の性格を変える必要があると言ったその言葉が特に心に残っている。私がするべきことをしただけなのに、相手やお客さんがそれを気遣いとして感謝を表してくれることに感動した。
#いろいろな過程の中で私は多くを学び、気づき、成長したように思う。
民宿の特性上、状況に応じてさまざまなことが起こり、私の担当でない仕事でも一緒にやらなければならないことがあった。ゲストハウスを移ったときのポジション交代への適応、雰囲気への適応、新しいスタッフ間で最年少としての適応、そして体調が最悪だったときは特に辛かった。
身体と心が疲れていると、初めて会う他のスタッフに対する私の行動が意図と異なり誤解を招くことがあり、私としては配慮だと思った行動が相手には違って感じられること、私の表現方法がもしかして間違っていたのではないかと感じたこと、新しい方法でリセットして状況に適応していく間の経験など、さまざまな過程の中で私は多くを学び、気づき、成長したように思う。
実はオーナーが命じる仕事よりも、ゲストハウスの仕事自体よりも、同僚スタッフ間で調和を保って生活することの方が大変だったように思う。私が少しでも大変でも他のスタッフを助けようとしたことが、彼らにとってはかえってより負担になっていたのかもしれない。
こうした人間関係では『自分の仕事ではないのになぜやらなければならないのか?』という考えよりも、お互いに温かく思いやりながら乗り越えようという考えを持てば、もっと温かく仕事ができるだろう…という考えをよりするようになった。時には私が損をしても、それが単なる損失ではないこともある。その損だと思うことが私にとって大きな助けや人生の足がかりになることもあるだろう。
#長い人生においてきっと役に立つだろうと思う。

ゲストハウスを移ったときに辛かった私を特に気にかけてくれたお客さん、私の最初のツアーを面白いと喜んでくれよくついてきてくれたお客さん、買い物のついでに持ってきてくれてプレゼントまでくれたお客さんなど、よく見ると些細なことではあるが、誠意や気持ちが行き交い伝わることが私に力を与え感動を与えてくれた。
虎穴に入っても冷静でいれば生きられるという昔の言葉があるように、状況に応じて私は変わることができ、どんなことでも乗り越えられるという点を改めて知った。実はギャップイヤー前後で自分のどんな姿が具体的に変わったのか、これからどう変わっていくのかは私もまだよくわからない。今は言葉で説明できないけれど、私は確信している。きっと私には変化があったはずだ。そして長い人生において確実に役に立つだろうと考えている。
#ただ私は私だ。より自分を認めるようになった。
ギャップイヤーをする前は頼りがいのある自分を変えてみようと思った。自分に対する混乱があった。誰も知らない場所で今までの自分とは違う生き方をしてみようとしたこともあった。実はここでも私の姿はほとんどそのままだ。変えようと試み挑戦はしたが、実際には私の本来の姿は変わっていない。ただ私は私だと、より認めるようになった。
しかし周りの人たちは私に言う。ずいぶん明るくなったと、相手が感じる私の姿が私が思っている姿とは違うことにも気づいたと。私の行動や口調が少し柔らかくなり、スタッフとより調和して過ごし、ゲストにはより親しみやすくなったと他の人たちは私に言う。リーダーの役割を主に担ってきたこれまでの経験の影響なのか、振り返ってみると、私がリードするやり方に固執して主張していた態度は本当に変わったようだ。
特に、ゲストハウスを移って末っ子としてスタッフのお姉さんたちと一緒に過ごし、より多様な人々と交流する中で気配りが早くなり、少し謙虚になったと言われるが、こうした過程で私は自分の短所と長所をよりよく知り、自分らしさを受け入れるようになった。頼りがいがあることは私の固有の長所だ。私も気になる。変わった自分の姿はこれからの私にどんな使命を与え、どんな結果をもたらすだろうか。
# すべての縁にとても感謝している。
私は実は最初から新しい人たちとステイして一緒に過ごし、その中で縁を見つけたいと思って応募していた。その目標は達成できたようだ。外見は荒っぽいが内面は繊細で「うちのジュヨン」と私たちを家族のようにたくさん気にかけてくれた社長さん。スンアさんと奥様、これまで出会ったスタッフたちのおかげでたくさん学べて、それでより記憶に残っているヘリムお姉さん
本当に短い期間に出会ったけれど、これさえも縁だった友達ソンイ、パリで初めて会った韓国人で夜遅く到着した私をピックアップしてくれたヒョンソプお兄さん、あまりたくさん話せなかったけれどゲストハウスに移動する日においしいチャーハンを作ってくれた写真家のMr. Kang、スヒョンお兄さん、「用事ないよ〜」の名セリフの主人公であるおばさん、ゲストハウスを移ってからあまり世話できなくてその分申し訳ないウンビン、そしてジョンフン、初めて会ったときから教えてくれてよく面倒を見てくれた、自作の蒸し卵とエンジェルチーズサラダを作ってくれて私にメイクもしてくれたベテランのハジュン姉さん
私が来るや否やイギリスに行った旧社長さん、パリにいる間によく世話をしてくれておかげでおいしいご飯をたくさん食べられた、麺とチャプチェがとても恋しいゲストハウスのおばさん、ギャップイヤー期間の終わり頃に新しく出会い一緒に時間を過ごしたことがありがたいジョンウォン、名前も同じで故郷までつながっていて不思議だった、簡単ではない縁のようでより思い出すジュヨン姉さん、引き継ぎの間本当に良くついてきてくれて感謝している、ツアーを本当に一生懸命やるジウン
最後に会った短い時間が名残惜しいジニ、ギャップイヤーの最初から最後まで、そして今も旅を共にしている良くも悪くも私の大切な家族ヘリ姉さん。バトー・ムーシュやモンパルナス・タワーまで初めて一緒に行った友人ゲストたち、ヘリ姉さんと最初にチェックインを受けた獣医のゲストたち、私のつらい期間に力になってくれたゲストたち、パスツアー参加者のゲストたち、その他に出会った多くのゲストたち…このすべての縁にとても感謝している。
# 大切な一日が積み重なってこそ、私が考えるあなたの『ギャップイヤー』だ。
ギャップイヤーに来るときは多くの期待を抱くよりも期待を捨てて来るほうがいいのではないかと思う。とはいえ目的もなく来なさいという意味では決してない。自分の目標は考えて来るべきだが、その一日一日を一生懸命生きようということだ。与えられた仕事をしながら。その大切な一日が積み重なってこそ、私が考えるあなたの『ギャップイヤー』だ。人と出会うことも、自分を振り返って考えることも、すべてその一日一日の中で起こることだから。一日一日、瞬間瞬間を一生懸命生きよう。
# ちょっとしたコツ
パリの天気は変化が多い。4月や5月でもよくコートを着ることがあるので、長めの服やコート類を何着か持ってくると良いだろう。パリの旅行情報が載った本はこのゲストハウスにも多いので、わざわざ持ってくると荷物になるかもしれない。シャンプーや簡単なバス用品は持ってきてもいいし、こちらで買ってもいい。
ゲストハウスのPCは使えるが、個人用ノートパソコンが重くなければ持ってくると役に立つ。写真をたくさん撮ることができるので、外付けハードディスクや携帯電話、あるいはカメラ用の外付けメモリを追加で持ってくるとより良いだろう。
その後ギャッパーたちにこれだけは伝えたい。韓国と違う生活を送りたいから?人に追われてギャップイヤーに来たから?ノー。ここでは韓国以上に多くの人に会い、人と向き合わなければならない。違わないが、仲間のスタッフと過ごす方法を知る必要があり、ゲストと交わる方法も知る必要がある。
たくさんの人に会いたくてここに来たが、多くの人に会う中で最初と違って仕事として感じられ、人に会うことにだんだん疲れてくることもあるだろう。しかし、こうしたことをするのが大変であっても、人の中で学び成長することは確かにあるだろう。きっと自分と違う人から学べる点が見えてくるはずだ。知らず知らずのうちに…
# ギャップイヤー参加者のための3つのヒント
私が書いた内容のせいで、悪いことばかり聞いてギャップイヤー参加の前にあらかじめ怯えないでほしい。あなたが予想していなかった部分について助言を心からしてあげたかった。パリでのステイ中は、きっとうれしいことや良いことがもっと多いということを忘れないでほしい。私が縁に出会いヨーロッパ旅行を共にしたように。
1. 引き継ぎを受ける後任者の立場から。
私と気が合うスタッフであろうとそうでなかろうと、10週間一緒に過ごし共に働かなければならないということを最初から忘れないでほしい。
私が韓国でリーダー役をしてきたどんな経験をしていようと、それはここでは重要ではない。あなたは何も知らない最初の段階、つまりリセットされた状態でここで再出発するのだ。誰だかも知らなかった新しいスタッフたちと共に生活しながら、このゲストハウスの仕事を完成させていくのだ。
この中での思いやり、コミュニケーション、共感、協力、妥協などは非常に重要な要素だ。既に知っている知識が後にあなたの仕事に役立つかもしれないが、引き継ぎを受ける間は自分より先に勤務した先参加者のアドバイスを優先してより注意深く聞き従う必要がある。この事実は新人としての当然の姿勢だが、ギャップイヤーを初めて始めるギャッパーたちにとって受け入れがたい部分かもしれない。
もちろん、最初は自分が想像していたギャップイヤーと大きく異なることがある。状況によってはポジションが明確でないこともあり、自由時間やスケジュールが決まっていなかったり変動することもある。思ったより大変なこともある。
しかし、自分だけがそんな考えを持ってここに来たと思ってはいけない。あなたが抱いているその考えは決してあなた一人のものではない。他のスタッフたちもこれまで苦労し、経験してきた。あなたが違和感を覚えたその「ギャップイヤー」も同じように諦めず最後まで乗り越えてきた。一人ではなく、一緒に困難を乗り越えよう。あなたはできる。いや、あなたは自分の選択に責任を持ってやり遂げるだろう。
最初は知らないのは当たり前だ。ミスをするのも当然だ。そうしたことを恐れず、仕事を完璧にこなそうともしないでほしい。分からないことは分からないと認めながら少しずつ学んでいくのだ。この学ぶ姿勢が重要だ。韓国の職場における先輩・後輩の関係とほぼ一致すると、ここでの生活も一つの社会生活だと考えればよいだろう。
2. 働く立場から。
時にはゲストハウスの特性上、流動的な仕事が多いこともある。また、自分のポジション以外の業務を兼務することもあるだろう。自分のポジション以外の仕事をなぜやらなければならないのかと不満を言ったり利害を考えるより、自分が住んでいる家の管理をしていると考える方がいいだろう。
お客さんとの関係の中で、私は客ではなくゲストハウスのスタッフであるという自分のポジションを忘れてはいけない。自分の行動や言葉が思わぬところでゲストハウス全体の象徴になり得る。
3. 引き継ぎを行う先輩の立場から。
あなたが新しく入って何も分からない状態でギャップイヤーを始めたときの感情を思い出せ。あなたはその間時間を過ごして経験してきたが、あなたの後任にとってはすべてが初めてだ。私が辛かったように、後任のギャッパーも同じように辛く孤独だろう。その人が私のギャップイヤー期間が終わった後の10週間を耐え、うまくやっていけるように、励ましや助言を惜しんではならない。
特に、仕事面から私事に至るまで共感できる自分の経験を話してコミュニケーションを取ることが重要だと思う。引き継ぎを行うときは、やるべきことを教え、見本を見せた後、後任者が実際にやってみる時間を与えると良いだろう。後任者が実際に仕事をしている様子を見ながら、抜けている部分や補うべき点などを引き継ぎ期間中に適宜フィードバックしてあげれば、後任者にとってより役に立つだろう。
もしかしたら、後任者には知識の伝達よりも感情のコミュニケーションがより必要かもしれない。気に入らない行動や話し方があっても、一度、二度、三度とその人の立場に立って考え、理解しようとする時間を持てる立派な先輩になろう。その人にもきっと理由や事情があるだろう。なぜなら、私たちは人間だから。
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