#自己を認めて受け入れること、前向きな変化 #パリでの長期滞在、多様な人々との交流 #協力心とコミュニケーションの重要性、そして自分に向き合う時間

パリ旅行の情報を調べるときや外出するときは本当に楽しかった。ゲストハウスの性質上、宿泊客との交流が多く、自分なりに最善を尽くし、その努力に見合うやりがいを感じられるパターンがとても良かった。ギャップイヤーステイで自分について考えたことが多い。良い「私」も悪い「私」もすべて私自身であることを認めることにした。人は一面だけでいることはできないので、自分が嫌いな姿も「私」だと理解し、受け入れようと努力するつもりだ。
フランス・パリ、ギャップイヤーステイ / イ・ヘリ ギャップイヤー族 ギャッパー / 10週間のギャップイヤー |
現在の韓国は、
年間で中高生の学業中断が6万人、夢がなくただ遊んでいる20代が34万6千人、就職後1年以内の離職率が40%台に入っている、大学生の75%は大学生活に満足しておらず、会社員の80%以上が幸福を感じていないそうです。多くの人が夢を持てと言うが、現実的な方法や支援がないこの問題を解決するために 韓国にも『ギャップイヤー』を導入したいと考えています。
『ギャップイヤー (Gap year)』とは、学業と仕事を両立させるか、あるいは一時的に休止してボランティア、旅行、インターン、教育、起業などのさまざまな活動を通じてこれから進む方向を設定する時間であり、アメリカ、ヨーロッパ、日本などで推奨されている文化です。
# 新しい環境で自分を見つける。

もし「なぜパリに来たの?」と聞かれたら、私の目的は明確だった。
第一に、新しい経験や新しい人々の中で自分を見つけるため
第二に、フランス・パリで長期滞在すること
第三に、外国で一人暮らしをしてみたいという憧れ
第四に、身体と心の休息を取り、ゆとりを楽しむため
私はこの4つの目的を持って、ここフランス・パリに到着した。
# ゲストハウスのスタッフは私に多くの刺激を与えてくれた。
ゲストハウスで働きながら多くのことを感じ、一緒に過ごした人々からも多くの刺激を受けた。これらの刺激を整理し始めると際限なく出てくるかもしれないので、大きなものだけ整理してみる。まず、ゲストハウスの中で人々と関係を築きながら感じたことを考えてみると協調性の重要性と業務の効率性、そしてコミュニケーションの重要性を強く感じた。
また、一緒にいたスタッフから多く刺激を受けたのは、同じ言葉でもきれいに伝えることの重要性だ。『言葉で返す』という言い方があるように、伝えたい意味は同じでも、それをどう表現するかによって相手が感じる感情が変わるのを見て刺激を受けた。
ゲストハウスで働くときは気配りとセンスが非常に重要だ。その瞬間に状況判断をして行動を決めなければならないことが多いため、気配りやセンスの重要性を感じた。また、自分の権利を守る方法や、状況によっては譲ること、奉仕すること、犠牲にしなければならないことがあることも知った。
人がする仕事に正解はないと常に自覚していたが、一緒に力を合わせて働くとそれをより強く感じた。だから私は、その方法として対話とコミュニケーションの重要性を感じるようになった。 互いに対話とコミュニケーションをとりながら一つの仕事を回していくことは、私だけでなく他のスタッフにとっても良い経験だっただろう。こうしてコミュニケーションについて知ると、すべてをゆっくり慎重に行おうと努力している。
すべての人には良い点と悪い点が共存する。だから人の一面だけを見て簡単に判断してはいけないと改めて誓った。
# 自分自身に集中する時間

ギャップイヤーステイで自分について考えたことが多い。良い「私」も悪い「私」もすべて自分自身であることを認めることにした。人は一面だけではありえないので、自分が嫌いな姿でさえも「私」であると知り、抱きしめようと努力するつもりだ。
過去の過ちは繰り返さないよう努力し、自分の幸福に近づくよう努める。そのために自分を不幸にする要素は断ち切ると決めた。幸福に向かうためにいろいろ試してみるし、やらないで諦めたり恐れたりはしない。考えるだけではいけない。何でもやってみて、食べてみて、会ってみる。
さまざまな状況で見せる自分の姿に誇りを持つつもりだ。自分に誇りを持つために他人と自分を比較せず、自分にもっと集中しようと思う。そして自分にもっと温かく寛容になる必要があると強く感じた。
すべての人に自分の愛や努力を注ぐわけではないと決めた。自分が嫌いな人との関係を良くしようと努力することはできるが、その関係について考えると自分だけが辛くなることもある。だからこれからはつらいことに自分のエネルギーを使うのを控えようと思う。
すべてをうまくやれなくても、みんなが私を愛してくれなくても、私が自分を愛していればそのままで大丈夫だと感じた。他人の視線によって自分がどんな人かが決められるのはおかしいという考えから出た結論だ。自分のためにもっと明るく前向きに変わろうとする努力も続けていきたい。
# 喜ばしいことと不快なことの繰り返し

ゲストハウスでの生活中、嬉しいことばかりではないし、逆に嫌なことばかりでもない。私も同じだった。パリでの生活を振り返り、嬉しかったことと不快だったことを整理してみる。
喜び
1. オーナーが私の誕生日を祝ってくれたとき。
2. オーナーと会話をして意見のすり合わせや助言、信頼を得たとき。
3. 言葉はぶっきらぼうでも「家族」という言葉を使い、面倒をよく見てくれるとき。
4. 感謝してくれた多くの客のうちの一人が、私が書いた手紙にとても感動してくれたとき。
5. 私が貸した傘を自分で壊してしまったと謝り、新しい傘をプレゼントしてくれたとき。
不快
1. 既存の方針と違って自分のポジションや生活空間が何度も変わったとき。
2. 勤務時間外にすぐ終えられない仕事を任されたとき。
3. あまりにも多くの仕事を一度に与えられたとき。
4. ギャップイヤーで来ているのに、韓国で働いていたときに感じた感情(上下関係)を感じるとき。
# 私のゲストハウス生活

到着するまでは緊張の糸を握りしめていた。到着後は安堵感が生まれ、そこでようやくパリでの生活への期待と好奇心が湧いてきた。到着してポジションが決まるまでは休息を取ることができた。ポジションが決まってからは一生懸命働いたが、途中で一緒にいたスタッフの帰宅や移動は想像以上に大きな寂しさとして残った。
パリ旅行の情報を勉強するときや外出するときは本当に楽しかった。ゲストハウスの特性上、宿泊客との交流が多く、自分なりに最善を尽くして、その努力に見合うやりがいを感じられるパターンがとても良かった。
生活の中でストレスを感じたのは、頻繁なポジション移動とあまりにも多くの変数に戸惑い、不安になり、後には心の奥まで痛くなることもあった。別のゲストハウスに移ったときは新しい場所と人々に向き合わなければならないため、適応するために再び努力することもストレスの一つだった。
ところが突然ゲストハウスのオーナーがイギリスへ行くことになり、朝のスタッフとマネージャーの役割を任されることになった。責任感と重圧で落ち込んだが、私より先にギャップイヤーを始めたベテランの後輩二人と、ゲストハウスを移るときに一緒についてきた後輩の助け、そして他の後輩たちの配慮、オーナーの信頼と励ましによって乗り越えることができた。仕事をしながら多くの不足はあったが、奮闘してギャップイヤーステイ・パリの10週を終えることができた。
# 二か月間の業務より難しかったのはスタッフ間の関係と協力だった。

初めてお会いした頃の両オーナーは少し無骨な方だった。言葉が時々冷たくて、最初は傷ついたこともあった。しかし言葉はぶっきらぼうでも温かい方だと知る機会が多かった。時々来て美味しい料理を作ってくださり、いろいろなツアーに私たちスタッフを参加させようと努力してくださった。娘のスンアさんのせいかもしれないが、だんだんと温かくなり、言葉も優しくかけてくださり、たくさん励ましてくれて大きな力になった。
もちろんどうしようもない上下関係の中で無理なことを命じられるときもあったが、もし自分がオーナーの立場ならそうすることもあり得ると理解するようになった。すべては人に関わる仕事だから人が一番大事だが、その人は置かれた状況や立場によってさまざまな顔を見せるということをギャップイヤーを通じて学んだからだ。私自身もそうだったから。
引き継ぎを受ける中で、ヘリムというスタッフから学んだことが多い。いつも礼儀正しく振る舞い、仕事は確実にこなし、同じことを言うにも美しく言えるスタッフだった。そして、気配りのできる人で、自分の担当でなくても目に入れば自分のことのようにゲストハウスの仕事を手伝ってくれた。スタッフの指針にある仕事だけでなく、さまざまな業務を一緒にこなした。
2業務そのものより難しかったのは、スタッフ同士の関係と協力だった。それを調和的かつ安定的に維持するためには、皆の努力とコミュニケーションが必要だ。
いつの間にか私が引き継ぎをしてマネージャーとしてスタッフを管理する立場になったとき、私は驚くほど世代の差を感じた。あまりに若いスタッフは本当に言われたことだけをし、全体より個人に集中する様子をよく見せた。個人に集中すること自体は悪いことではないが、私たちは皆選択をしてここに来ているので、それに対する自分の業務への責任感が必要だという意味だ。業務より個人的なことに集中してしまうと、業務の性質上他のスタッフに被害を及ぼすことがあったので、間に入って調整し対話することが重要だった。
# フランスの友人に会ってあれこれ話をした。想像していただけのことが現実になった。

ギャップイヤーの終盤に差し掛かり焦った私は、時間を作ってフランス近郊を訪れた。
フォンテーヌブロー城へ行き、シスリ村に行ったところ、そこで最初のフランスの友人アンジに出会い、パリでフランスについていろいろ話をした。二人目のフランスの友人セバスチャンと犬のユナには、カラスが飛び交う麦畑で絵のように出会った。こういうことは想像の中でしか起こりえなかったことが現実になった。
パリ近郊のシャルトルでは4月から光の祭が始まっていて、私は幸運にもお客さんたちと一緒に訪れることができた。ノートルダム大聖堂の前で照明とともにアヴェ・マリアが響いたときのあの感動……決して忘れない。
モンパルナス・タワーで優雅に飲んだシャンパンも一杯飲んだが、韓国にいたらしなかったであろう多くのことを、外国だからこそ試して挑戦したのだと思う。
# 私だけのヨーロッパ旅行おすすめルート!

第一のおすすめルート
プラハ(チェコ)-ブダペスト(ハンガリー)-パリ(フランス)-ロンドン(イギリス)-サントリーニ-ミラノ(イタリア)-フィレンツェ(イタリア)-ローマ(イタリア)-ニース(フランス)-リヨン(フランス)
第二のおすすめルート
パリ(フランス)-スプリト(クロアチア)-ドゥブロヴニク(クロアチア)-コッツウォルズ(イギリス)-オックスフォード(イギリス)-バース(イギリス)-ロンドン(イギリス)-ダブリン(アイルランド)
旅行中に印象に残ったこと
チェコ: オペラハウス。人形劇。
ブダペスト: 温泉。夜景クルーズ 強くおすすめ。
ロンドン: 2階建てバス。ミュージカル。公園。おすすめ。
サントリーニ: 盛り合わせ海鮮。サンセット。ロバトレッキング。
スプリト: とにかくおすすめ。美しさ。サンセットクルーズおすすめ。
#自分を待っていてくれる余裕ができたようだ。すべてをうまくやらなくても、皆が私を愛してくれなくても、今のままでも大丈夫だ。

私はこのギャップイヤープロジェクトで多くの人に出会うことができ、その人たちを通して多くの学びや刺激を受けた。他の人を通して、そしてさまざまな状況の中で自分を見つめるようになった。あれは学ぼう。あれは学ばない方がいい。あの人は本当に魅力的だ。あの人はあまりだ。数多くの判断の中で結局は私。では私はどうなのか、このままでいいのか?私は美しくて良い人なのか?必ずそうでなければならないのか?そうでなければ価値がないのか?そんな悩みをしたようだ。まだ悩み続けている。。
私は美しいこともあれば醜いこともあり、優雅なこともあれば逞しいこともあり、優しいこともあれば悪魔のように邪悪なこともあった。私は以前、完璧を追い求めていた。それが原因で自分を苦しめていたように思う。もちろん今でもそうだが、自分を受け入れて待つ余裕が少しできた気がする。すべてを完璧にこなさなくても、みんなが私を好きでなくても、優しくなくても、今のままでも大丈夫だと言えることだ。
旅行を通して、臆病者の私は少しだけ大胆になった。(もちろんまだ臆病な小心者だけど 笑)こんなに臆病な私だが、恐れよりも欲が勝る人間だ。
さらに新たに感じたことはすべてのことは自分で経験してみるまでは分からない。プラハは誰もが憧れる場所かもしれないが、私には感動のない場所だった。誰かにとっては最高の料理だと言われても、私はそうは思わなかった。誰かにとって最悪の人が私にとっては最高の人であるように、何でも自分で経験して、自分なりのやり方で自分のものにすることが大切だ。そうして揺れながら対話し、またしっかりすることを繰り返して大人になっていくのではないかと考えた。
改めて自分のギャップイヤーを振り返ると、結局は人だった。二か月という短い期間、他人は難しく、人のおかげで幸せだった。ゲストハウスを作ることも結局は人だ。私を成長させるのも結局は周りの人々の温かい言葉や助言だ。
今のところ判断しにくいが、ギャップイヤーに出る前と今は見た目にはあまり変わっていない。
しかし確かに違う。
# 共感力と協調性はゲストハウスで働くときに最も重要な能力だ。

もし今この文章を読んでいるあなたが繊細で個人のプライバシーを重視する人なら、この生活はつらいかもしれないので、十分に考えた上でプロジェクトに参加することを勧める。

パリ旅行の情報を調べるときや外出するときは本当に楽しかった。ゲストハウスの性質上、宿泊客との交流が多く、自分なりに最善を尽くし、その努力に見合うやりがいを感じられるパターンがとても良かった。ギャップイヤーステイで自分について考えたことが多い。良い「私」も悪い「私」もすべて私自身であることを認めることにした。人は一面だけでいることはできないので、自分が嫌いな姿も「私」だと理解し、受け入れようと努力するつもりだ。
フランス・パリ、ギャップイヤーステイ / イ・ヘリ ギャップイヤー族 ギャッパー / 10週間のギャップイヤー |
現在の韓国は、
年間で中高生の学業中断が6万人、夢がなくただ遊んでいる20代が34万6千人、就職後1年以内の離職率が40%台に入っている、大学生の75%は大学生活に満足しておらず、会社員の80%以上が幸福を感じていないそうです。多くの人が夢を持てと言うが、現実的な方法や支援がないこの問題を解決するために 韓国にも『ギャップイヤー』を導入したいと考えています。
『ギャップイヤー (Gap year)』とは、学業と仕事を両立させるか、あるいは一時的に休止してボランティア、旅行、インターン、教育、起業などのさまざまな活動を通じてこれから進む方向を設定する時間であり、アメリカ、ヨーロッパ、日本などで推奨されている文化です。
# 新しい環境で自分を見つける。

もし「なぜパリに来たの?」と聞かれたら、私の目的は明確だった。
第一に、新しい経験や新しい人々の中で自分を見つけるため
第二に、フランス・パリで長期滞在すること
第三に、外国で一人暮らしをしてみたいという憧れ
第四に、身体と心の休息を取り、ゆとりを楽しむため
私はこの4つの目的を持って、ここフランス・パリに到着した。
# ゲストハウスのスタッフは私に多くの刺激を与えてくれた。
ゲストハウスで働きながら多くのことを感じ、一緒に過ごした人々からも多くの刺激を受けた。これらの刺激を整理し始めると際限なく出てくるかもしれないので、大きなものだけ整理してみる。まず、ゲストハウスの中で人々と関係を築きながら感じたことを考えてみると協調性の重要性と業務の効率性、そしてコミュニケーションの重要性を強く感じた。
また、一緒にいたスタッフから多く刺激を受けたのは、同じ言葉でもきれいに伝えることの重要性だ。『言葉で返す』という言い方があるように、伝えたい意味は同じでも、それをどう表現するかによって相手が感じる感情が変わるのを見て刺激を受けた。
ゲストハウスで働くときは気配りとセンスが非常に重要だ。その瞬間に状況判断をして行動を決めなければならないことが多いため、気配りやセンスの重要性を感じた。また、自分の権利を守る方法や、状況によっては譲ること、奉仕すること、犠牲にしなければならないことがあることも知った。
人がする仕事に正解はないと常に自覚していたが、一緒に力を合わせて働くとそれをより強く感じた。だから私は、その方法として対話とコミュニケーションの重要性を感じるようになった。 互いに対話とコミュニケーションをとりながら一つの仕事を回していくことは、私だけでなく他のスタッフにとっても良い経験だっただろう。こうしてコミュニケーションについて知ると、すべてをゆっくり慎重に行おうと努力している。
すべての人には良い点と悪い点が共存する。だから人の一面だけを見て簡単に判断してはいけないと改めて誓った。
# 自分自身に集中する時間

ギャップイヤーステイで自分について考えたことが多い。良い「私」も悪い「私」もすべて自分自身であることを認めることにした。人は一面だけではありえないので、自分が嫌いな姿でさえも「私」であると知り、抱きしめようと努力するつもりだ。
過去の過ちは繰り返さないよう努力し、自分の幸福に近づくよう努める。そのために自分を不幸にする要素は断ち切ると決めた。幸福に向かうためにいろいろ試してみるし、やらないで諦めたり恐れたりはしない。考えるだけではいけない。何でもやってみて、食べてみて、会ってみる。
さまざまな状況で見せる自分の姿に誇りを持つつもりだ。自分に誇りを持つために他人と自分を比較せず、自分にもっと集中しようと思う。そして自分にもっと温かく寛容になる必要があると強く感じた。
すべての人に自分の愛や努力を注ぐわけではないと決めた。自分が嫌いな人との関係を良くしようと努力することはできるが、その関係について考えると自分だけが辛くなることもある。だからこれからはつらいことに自分のエネルギーを使うのを控えようと思う。
すべてをうまくやれなくても、みんなが私を愛してくれなくても、私が自分を愛していればそのままで大丈夫だと感じた。他人の視線によって自分がどんな人かが決められるのはおかしいという考えから出た結論だ。自分のためにもっと明るく前向きに変わろうとする努力も続けていきたい。
# 喜ばしいことと不快なことの繰り返し

ゲストハウスでの生活中、嬉しいことばかりではないし、逆に嫌なことばかりでもない。私も同じだった。パリでの生活を振り返り、嬉しかったことと不快だったことを整理してみる。
喜び
1. オーナーが私の誕生日を祝ってくれたとき。
2. オーナーと会話をして意見のすり合わせや助言、信頼を得たとき。
3. 言葉はぶっきらぼうでも「家族」という言葉を使い、面倒をよく見てくれるとき。
4. 感謝してくれた多くの客のうちの一人が、私が書いた手紙にとても感動してくれたとき。
5. 私が貸した傘を自分で壊してしまったと謝り、新しい傘をプレゼントしてくれたとき。
不快
1. 既存の方針と違って自分のポジションや生活空間が何度も変わったとき。
2. 勤務時間外にすぐ終えられない仕事を任されたとき。
3. あまりにも多くの仕事を一度に与えられたとき。
4. ギャップイヤーで来ているのに、韓国で働いていたときに感じた感情(上下関係)を感じるとき。
# 私のゲストハウス生活

到着するまでは緊張の糸を握りしめていた。到着後は安堵感が生まれ、そこでようやくパリでの生活への期待と好奇心が湧いてきた。到着してポジションが決まるまでは休息を取ることができた。ポジションが決まってからは一生懸命働いたが、途中で一緒にいたスタッフの帰宅や移動は想像以上に大きな寂しさとして残った。
パリ旅行の情報を勉強するときや外出するときは本当に楽しかった。ゲストハウスの特性上、宿泊客との交流が多く、自分なりに最善を尽くして、その努力に見合うやりがいを感じられるパターンがとても良かった。
生活の中でストレスを感じたのは、頻繁なポジション移動とあまりにも多くの変数に戸惑い、不安になり、後には心の奥まで痛くなることもあった。別のゲストハウスに移ったときは新しい場所と人々に向き合わなければならないため、適応するために再び努力することもストレスの一つだった。
ところが突然ゲストハウスのオーナーがイギリスへ行くことになり、朝のスタッフとマネージャーの役割を任されることになった。責任感と重圧で落ち込んだが、私より先にギャップイヤーを始めたベテランの後輩二人と、ゲストハウスを移るときに一緒についてきた後輩の助け、そして他の後輩たちの配慮、オーナーの信頼と励ましによって乗り越えることができた。仕事をしながら多くの不足はあったが、奮闘してギャップイヤーステイ・パリの10週を終えることができた。
# 二か月間の業務より難しかったのはスタッフ間の関係と協力だった。

初めてお会いした頃の両オーナーは少し無骨な方だった。言葉が時々冷たくて、最初は傷ついたこともあった。しかし言葉はぶっきらぼうでも温かい方だと知る機会が多かった。時々来て美味しい料理を作ってくださり、いろいろなツアーに私たちスタッフを参加させようと努力してくださった。娘のスンアさんのせいかもしれないが、だんだんと温かくなり、言葉も優しくかけてくださり、たくさん励ましてくれて大きな力になった。
もちろんどうしようもない上下関係の中で無理なことを命じられるときもあったが、もし自分がオーナーの立場ならそうすることもあり得ると理解するようになった。すべては人に関わる仕事だから人が一番大事だが、その人は置かれた状況や立場によってさまざまな顔を見せるということをギャップイヤーを通じて学んだからだ。私自身もそうだったから。
引き継ぎを受ける中で、ヘリムというスタッフから学んだことが多い。いつも礼儀正しく振る舞い、仕事は確実にこなし、同じことを言うにも美しく言えるスタッフだった。そして、気配りのできる人で、自分の担当でなくても目に入れば自分のことのようにゲストハウスの仕事を手伝ってくれた。スタッフの指針にある仕事だけでなく、さまざまな業務を一緒にこなした。
2業務そのものより難しかったのは、スタッフ同士の関係と協力だった。それを調和的かつ安定的に維持するためには、皆の努力とコミュニケーションが必要だ。
いつの間にか私が引き継ぎをしてマネージャーとしてスタッフを管理する立場になったとき、私は驚くほど世代の差を感じた。あまりに若いスタッフは本当に言われたことだけをし、全体より個人に集中する様子をよく見せた。個人に集中すること自体は悪いことではないが、私たちは皆選択をしてここに来ているので、それに対する自分の業務への責任感が必要だという意味だ。業務より個人的なことに集中してしまうと、業務の性質上他のスタッフに被害を及ぼすことがあったので、間に入って調整し対話することが重要だった。
# フランスの友人に会ってあれこれ話をした。想像していただけのことが現実になった。

ギャップイヤーの終盤に差し掛かり焦った私は、時間を作ってフランス近郊を訪れた。
フォンテーヌブロー城へ行き、シスリ村に行ったところ、そこで最初のフランスの友人アンジに出会い、パリでフランスについていろいろ話をした。二人目のフランスの友人セバスチャンと犬のユナには、カラスが飛び交う麦畑で絵のように出会った。こういうことは想像の中でしか起こりえなかったことが現実になった。
パリ近郊のシャルトルでは4月から光の祭が始まっていて、私は幸運にもお客さんたちと一緒に訪れることができた。ノートルダム大聖堂の前で照明とともにアヴェ・マリアが響いたときのあの感動……決して忘れない。
モンパルナス・タワーで優雅に飲んだシャンパンも一杯飲んだが、韓国にいたらしなかったであろう多くのことを、外国だからこそ試して挑戦したのだと思う。
# 私だけのヨーロッパ旅行おすすめルート!

第一のおすすめルート
プラハ(チェコ)-ブダペスト(ハンガリー)-パリ(フランス)-ロンドン(イギリス)-サントリーニ-ミラノ(イタリア)-フィレンツェ(イタリア)-ローマ(イタリア)-ニース(フランス)-リヨン(フランス)
第二のおすすめルート
パリ(フランス)-スプリト(クロアチア)-ドゥブロヴニク(クロアチア)-コッツウォルズ(イギリス)-オックスフォード(イギリス)-バース(イギリス)-ロンドン(イギリス)-ダブリン(アイルランド)
旅行中に印象に残ったこと
チェコ: オペラハウス。人形劇。
ブダペスト: 温泉。夜景クルーズ 強くおすすめ。
ロンドン: 2階建てバス。ミュージカル。公園。おすすめ。
サントリーニ: 盛り合わせ海鮮。サンセット。ロバトレッキング。
スプリト: とにかくおすすめ。美しさ。サンセットクルーズおすすめ。
#自分を待っていてくれる余裕ができたようだ。すべてをうまくやらなくても、皆が私を愛してくれなくても、今のままでも大丈夫だ。

私はこのギャップイヤープロジェクトで多くの人に出会うことができ、その人たちを通して多くの学びや刺激を受けた。他の人を通して、そしてさまざまな状況の中で自分を見つめるようになった。あれは学ぼう。あれは学ばない方がいい。あの人は本当に魅力的だ。あの人はあまりだ。数多くの判断の中で結局は私。では私はどうなのか、このままでいいのか?私は美しくて良い人なのか?必ずそうでなければならないのか?そうでなければ価値がないのか?そんな悩みをしたようだ。まだ悩み続けている。。
私は美しいこともあれば醜いこともあり、優雅なこともあれば逞しいこともあり、優しいこともあれば悪魔のように邪悪なこともあった。私は以前、完璧を追い求めていた。それが原因で自分を苦しめていたように思う。もちろん今でもそうだが、自分を受け入れて待つ余裕が少しできた気がする。すべてを完璧にこなさなくても、みんなが私を好きでなくても、優しくなくても、今のままでも大丈夫だと言えることだ。
旅行を通して、臆病者の私は少しだけ大胆になった。(もちろんまだ臆病な小心者だけど 笑)こんなに臆病な私だが、恐れよりも欲が勝る人間だ。
さらに新たに感じたことはすべてのことは自分で経験してみるまでは分からない。プラハは誰もが憧れる場所かもしれないが、私には感動のない場所だった。誰かにとっては最高の料理だと言われても、私はそうは思わなかった。誰かにとって最悪の人が私にとっては最高の人であるように、何でも自分で経験して、自分なりのやり方で自分のものにすることが大切だ。そうして揺れながら対話し、またしっかりすることを繰り返して大人になっていくのではないかと考えた。
改めて自分のギャップイヤーを振り返ると、結局は人だった。二か月という短い期間、他人は難しく、人のおかげで幸せだった。ゲストハウスを作ることも結局は人だ。私を成長させるのも結局は周りの人々の温かい言葉や助言だ。
今のところ判断しにくいが、ギャップイヤーに出る前と今は見た目にはあまり変わっていない。
しかし確かに違う。
# 共感力と協調性はゲストハウスで働くときに最も重要な能力だ。

もし今この文章を読んでいるあなたが繊細で個人のプライバシーを重視する人なら、この生活はつらいかもしれないので、十分に考えた上でプロジェクトに参加することを勧める。
このプロジェクトが特別な理由