#国際専門家という夢が具体化した #ボランティアプログラムの企画および実行の経験 #ボランティアを通して得られる貴重な価値を実感

© Korea gapyear
私にとって他者に仕える「奉仕(ボランティア)」は、私の人生の大部分を占めています。だから大学1年のときから一学期もボランティアを欠かしたことがなかったと思います。私にとって最も大きな価値は、人を助け、支え、仕えることです。その価値は人々を助けるボランティアを通して発見できるものです。ボランティアというものは、労働力であれ時間であれお金であれ何かを投資しなければならない活動ですが、それを投資したときに得られる価値は何にも代えがたいものであり、またその価値の意味を既に知っているため、挑戦したことのない「海外」ボランティアを決意したのです。やはり今回も経験した価値はどの価値よりも尊いものだったと言えると思います。その価値を知っており、また経験したいという理由から海外ボランティアに参加しました。
- 世界中のNGOが集う温かな都市、バンコクでのボランティア活動/イ・ジェヨン(ギャップイヤー族・ギャッパー) |
Q.自己紹介をお願いします。
A.こんにちは。私はヨンナム大学に在学中の25歳の大学生、イ・ジェヨンです。
ありふれた陳腐な自己紹介よりも、『誰にでも熱く溢れる愛を伝えたい』『世界の中で人を救う』『冷静な頭脳+熱い心+勤勉な手足を持つ世界市民』『本物になるために激しく努力し成長したい』『どこへでも飛び立てる』といった形容詞こそが、イ・ジェヨンという人を表す言葉ではないかと思います。私は人を救いたいという理由と目的が明確な、将来の国際専門家になるために準備している、現在はその名だけで熱い『大学生』イ・ジェヨンです。
Q.タイでボランティア活動としてギャップイヤーを過ごすことに決めました。海外ボランティアに参加した動機は何ですか?
A.国内のボランティアであれ海外のボランティアであれ、私にとって他者に仕える『ボランティア』は私の人生の大部分を占めています。だから大学1年のときから一学期もボランティアを欠かしたことがなかったと思います。私にとって最大の価値は人を助け、支え、仕えることです。その価値は人々を助けるボランティアを通して見出される価値です。ボランティアというものは、労働力でも時間でもお金でも何かを投資しなければならない活動ですが、それを投資したときに得られる価値は何にも代えがたいものであり、またその価値の意味を既に知っているため、挑戦したことのない『海外』ボランティアを決意したのです。やはり今回の経験もどの価値よりも尊いものであったと言えるでしょう。その価値を知っており、また経験したいという理由から海外ボランティアに参加しました。

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Q.ギャップイヤーについてはどのように知りましたか?
プログラムの中で、特にバンコクのボランティアプログラムを選んだ理由があれば教えてください。
A.大学生活の間、バケットリストの一つが海外ボランティア活動でした。そうでした。ところが2013年のある夏、学校のアフリカ行きの海外ボランティアに応募し、わずか4名だけが行けるそのアフリカ海外ボランティアの最終合格通知を受け取りました。しかしその嬉しい知らせも束の間、アフリカという地域への両親の反対と健康上の問題により断念せざるを得ませんでした。落胆も大きかったのですが、アフリカ行きを諦めた翌日にはすぐに他の海外ボランティアを探し始めました。そこで見つけた『ギャップイヤー』という社会的企業は私にとって最適な団体でした。いくつかの利点がありました。
他の海外ボランティアとは異なり、個人で派遣されることが可能で、ボランティアプログラムを自分で企画でき、より経済的で、メンターたちの話も聞け、あらかじめ組まれたプログラムに従うのではなく自由で創造的な機会が開かれていたため、すぐに応募しました。
特にバンコクのボランティアプログラムを選んだ理由は2つあります。第一に、私は国際学を副専攻しており、前学期に東南アジアのコミュニケーションと文化/植民地主義とアジア民族主義といった授業を受ける中で、タイという国自体に対する興味がありました。タイは、特にバンコクは誰もが行きたい観光地の第一位の都市であり、東南アジアで唯一一度も植民地支配を受けなかった国で、資源と可能性に恵まれているにもかかわらず、なぜ発展が乏しいのか、なぜ豊かでないのかという疑問がありました。そうであれば国民の『意識』に関する問題だろうと考え、タイの人たちの意識について非常に知りたく、その国の人々と話をし、タイ文化を感じて触れてみたいと思ったからです。
第二に、NGOと子どもたちに関する私の夢とビジョンに関係することでした。子どもたちをとても愛し、助けたいと思い、好きな英語で意思疎通をするだけでなく、NGO団体での実務的な仕事を間接的にでも経験してみたかったのですが、バンコクのボランティアプログラムはまさに私のために作られたかのような、私に最適化されたプログラムだと言えました。
ギャップイヤーの期間中に新しい人々に出会い、様々な文化に触れ、
コミュニケーションを取り経験することに、恐れを抱くということは、
20代の私の青春にとって、申し訳ない感情だと思います。
Q. 約1か月間のギャップイヤーを過ごすことにした。以前に海外ボランティアの経験はありますか?参加することに不安はありませんでしたか?
A.海外で1か月ほどのボランティアは今回が初めてだったように思います。2012年に1年間、宣教訓練を受けるためにアメリカのニューヨークに住んでいたことがあり、そこで時間があるときに低所得層の労働者に無料で食事を提供する「Kitchen Soup」プログラムに参加した記憶があります。多くの人が知っている豊かで華やかな「マンハッタン」だけがニューヨークではなく、その裏側には私たちがよく知らないニューヨークもあり、助けを必要とする人々が非常に多く存在しているのを見てとても悲しかったです。どの都市や国にも貧困のない場所はないのだと感じました。匂いがあり、よく洗えず、満足に食べられないニューヨークの労働者たちに接し、彼らとともに過ごした経験は決して忘れられないと思います。
子どもの頃からさまざまな方法や期間で多くのギャップイヤーを過ごしてきたため、参加することに対して全く怖さはありませんでした。むしろドキドキして、ワクワクして、期待していました!ギャップイヤーの期間に新しい人々と出会い、さまざまな文化に触れ、コミュニケーションを取り、経験することを恐れるのは、20代の私の青春に対して申し訳ない気持ちだと思います^^;
Q. ギャップイヤーを過ごすためにタイに行くと言ったとき、周りの反応はどうでしたか?
A. 実際、周囲の反応はあまり良くありませんでした。ほとんどの大人や友人たちが反対していました。単にタイだからとかボランティア活動で参加するからではなく、タイで「デモ」が盛んだったからです。しかし、彼らの反対を押し切ってでも行かなかったら大変後悔していたと思います。私が実際に体験したタイのデモは、報道されているほど暴力的でも危険でもありませんでした。外国人に対しては全く害はなく、むしろお祭りのような雰囲気で多くの人が集まり、さまざまな催しも行われ、この時期にしか経験できない珍しい体験でした。
Q. 既存の海外ボランティアとギャップイヤーのボランティアプログラムの違いは何ですか?
A.前にも述べましたが、ギャップイヤーの海外ボランティアには他の海外ボランティアとは全く異なるメリットがあると思います。私は性格上、個人が自由でないことや型にはまった決められたことがとても嫌いな人間です。一般的に知られている海外ボランティアには制約があると思います。参加できるプログラムも決まっていて、一緒に行く人にも気を使い、期間や場所も勝手に決められてしまいますよね。また1週間や2週間という短い期間の海外ボランティアは、ボランティアと呼ぶには気が引けるほど、そこで実際に助けを必要としている人々に対して申し訳ないことなのではないかと感じます。
しかし、ギャップイヤーのボランティアプログラムは、行く前にメンターと会えたり、プログラムを自分で企画できるという点が大きなメリットでした。私は毎学期、性と家庭を扱う家族福祉を専攻しているので、その知識を活かして性教育を具体的に企画しました。一度プログラムを企画してみると楽しくなり、プロジェクト自体に対する欲も出てきたので衛生教育も自分で企画してみました。そうして準備して持って行った衛生教育プロジェクトは、タイに住むカンボジア難民キャンプの子どもたちに適用し、受益者とボランティア、団体のすべてに良い効果をもたらしました。自分で企画してそれを実行するということ自体が私にとって大きな意味がありました。タイに出発する前に国と対象に対する認知と理解を基にボランティアプログラムをまず企画し、そこで実際にその企画を実行したときの効果を見て驚きました。
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Q.ギャップイヤーに参加する前に個人的に準備したことがあれば教えてください。
A. 私は「VANK(反ク)」をよく利用します。VANK(Voluntary Agency Network of Korea)は、全世界に我が国を正しく知らせ、グローバルな問題に対応するサイバー民間外交団体です。ここで海外に出る目的や活動などを共有すると、韓国の広報資料キットを無料で支援してもらえます。私は学校にいる外国人の友人たちのため、また海外に行くたびにこのサイトをよく利用して無料で韓国の広報物を受け取り、韓国を紹介しています。(www.prkorea.com/start.html)
また、プログラムの企画も準備しました。このプロジェクト企画案は一人で行うというより、ギャップイヤーに出発する前のオリエンテーションの時間にギャップイヤーのメンターの方々と多く話し合い共有しながら準備しました。参加団体や地域文化を理解し、該当団体と私が現在住んでいる場所との違いを分析していくとプロジェクトのアイデアが一つずつ出てきました。これらのアイデアを絞り込み具体化し、目標や意図を整理し、分析や期待効果などを自分なりに書いてみると意外と面白い作業でした。主に私は「性教育」のボランティアプログラムを企画していました。私の専攻は家庭福祉で毎学期性と結婚について学ぶので、タイの子どもたちに役立つだろうと思いました。それに加えてプロジェクトを作るうちに欲が出てきて、さまざまな資料を活用して衛生教育も企画してみました。

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また別に持って行ったものとしては、韓国のお土産やプレゼントでした。私は海外に行くたびに近くの在来市場や韓国土産を扱う店で安く買い、そこで出会う人々のことを思いながらプレゼントを準備していきます。タイでも一緒に過ごした友人たち、ハウスディレクター、オフィススタッフに韓国のポストカードと一緒にプレゼントしたらとても喜ばれました。また私の仲の良い姉が石鹸クラフトをしていて、そこで安い値段で可愛い形の石鹸を50個ほど作ってもらい、タイの子どもたちやカンボジアの難民の子どもたちに衛生教育をしながら石鹸をプレゼントしたらとても喜んでくれました。その様子を見て誇らしく思うと同時に、本当に良く準備して行ったと感じました。
Q. ボランティア活動の機関で担当していた業務は何ですか?行った活動について教えてください。
A.
9:00-11:00 センター内の幼稚園補助/英語教育
12:30-2:30 カンボジア難民キャンプでの英語教育
4:00-5:00 チュータリング
5:00-5:30 国際学校の生徒の個別指導
思っていたよりハードなスケジュールでした。私は主に英語教育を担当しました。センターは通常朝9時から夕方5時まで稼働しています。私の場合は月曜から金曜まで9時から5時半までのスケジュールがありました。9時から11時まではセンター内の孤児を預かる幼稚園で補助教員をしていました。朝は可愛い子どもたちの洗顔やパウダーを塗るのを手伝ったり、ミルクを飲ませたりしていました。そしてメインの先生が授業に入ると、裏でサポートをしていました。週に3回ほどは私が直接単語や塗り絵、クラフト中心の英語授業を行いました。30〜40分ほどでしたが、38人の子どもたちを相手に、彼らの視点で進めるのは簡単ではありませんでした。授業が終わると子どもたちは昼食を食べて昼寝をしますが、先生二人だけでは大変なので一緒に手伝うこともありました。最後の週には食堂で子どもたちの果物を準備するボランティアも経験しました。朝、マンゴーやパパイヤの皮を剥いていた食堂での作業は忘れられません。

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終わるとボランティアやセンターの人たちと一緒に昼食を取り、午後の予定に入りました。私の場合、週に3回はセンターが保護対象としているカンボジア難民キャンプの子どもたちに会いに行きました。バイクで10分ほど行くとカンボジア難民が集まって暮らす難民キャンプがありました。そこに学校があると言われて『ああ、別に学校があるんだ』と思って行きました。
普通、韓国で「学校」と言えば大きな建物やチャイム、教室を思い浮かべますよね。でも、カンボジア難民たちが定義する「学校」に行ってみて、とても驚くと同時に申し訳ない気持ちになりました。私が思い描いていた学校のイメージは全くありませんでした。そこは「ここが学校だよ」と言われても、敷物と机が一本、椅子が一つあるだけでした。そしてその周りには難民キャンプの家やゴミがあふれ、虫だらけの場所でした…。個人的にはセンターでのボランティアよりも、週に3回難民キャンプを訪れて行うボランティアの方がより意味があると感じました。カンボジアの子どもたちは、これまで私が出会ったどの子どもよりも純粋で、英語を学びたいと思っている子たちでした。子どもたちを色で表すなら、白でもなく透明な無色と表現したいです。それほど純粋で可愛い子たちが、今でもとても恋しいです。
センターのテーマやカリキュラムで決まった英語授業とは異なり、難民キャンプでの授業は私が自由に進めて良いものでした。だから、より創造的で短時間に効率的な教育方法を考えました。韓国から持って行った衛生教育を子どもたちに教えたら喜ぶだろうと思い、一緒に実際に洗ってみたり石鹸を使ってみせながら、いつどのように洗うべきかを教えました。また、英語の授業は主に6〜7歳の子どもたちが対象だったので、2時間の間に飽きさせないようにゲームや英語チャント、塗り絵、クラフト、反復学習などを活用して授業を進めました。最終日には子どもたちがほとんどの単語や授業内容を覚えていて、英語の先生としてとても誇らしく嬉しかったです。
難民キャンプでの授業がない金曜日には、センターの隣にあるスクールで文化授業を行いました。韓国語を教えたり韓国の文化を紹介する時間を持ちました。そこにいる子どもたちの中には精神的に多くの支援が必要な子もいたため、簡単な授業中心で進めました。韓国語の時間以外にもゲームをしたり、一緒にウクレレを学んだり、英語授業やクラフトなど、どれも楽しい授業をしました。
月曜から金曜まで16時から17時半までは個人授業のチュータリングを行いました。1時間ほどは中学生の女子を対象に基礎的な英語を手伝い、クラフトやゲームなどを活用して英語に興味を持たせる時間でした。ほぼ毎日会う生徒たちだったので、1週目にラポールを形成する時間がかなり必要で、仲良くなろうとたくさん努力したと思います。そしてかなり仲良くなったとき、少人数ですが準備してきた性教育も行いました。恥ずかしがることもあり、タイは性に関する考え方自体が異なるので、さらに英語で進める必要がある状況では子どもたちに分かりやすく伝えるのは簡単ではありませんでした。すべての授業が終わったとき、子どもたちが手紙を書いてくれたり、フェアウェルで『先生、ありがとう。本当に大切(貴重)だ』と言ってくれたときは、とても感謝と誇らしさを感じました。
17時から約30分は、国際学校に通う女の子の宿題を手伝ったり、一緒に英語の絵本を読む時間を持ちました。その生徒の母親がセンターで働いていて、私をとても可愛がってくれてどれほど感謝したかわかりません。

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Q.ボランティア活動で出会った人々、あるいは印象に残っている人がいれば?
A.私は人間関係を重視するタイプなので、人生で誰に出会うかが本当に重要です。今回のバンコク行きにも貴重な出会いがありましたが、最も印象に残っているのは、おそらく一緒に働いたコーディネーターだと思います。コーディネーターは主に外国人ボランティアを管理し、ボランティアのケアを担当しています。私のコーディネーターは私が会ったどの人よりも厳格で、一つ一つ細かく物事を処理する人だったので、正直私には少し大変でした。出国前にコーディネーターが急に変わったことも影響しましたが、業務面や人間関係のスキルにおいて誰にとっても接しにくいタイプでした。
私だけでなく他の外国人も多くが辛そうにしていましたが、ずっと『つらい』『嫌だ』と考えているのは自分の損だと思いました。だから時間が経つにつれてできるだけうまくやろうと、別の視点で見るよう努力したと思います。後になって気づいたのですが、その人がトランスジェンダーだと知ってどれだけ驚いたかわかりません。しかしこうした特別な経験は今でなければできないので、とても新鮮でした。就職を準備している時期に、どんな職業でもどんな上司でも受け入れられるだろうという自信にもつながりました。はは。
二番目は、印象に残っているのはセンターで一緒に働いたディレクターやボランティアたちです。センターにいるほとんどの幼稚園の先生やワークディレクター、ハウスディレクターは私にとても寛大で慈悲深く接してくれました。特に朝の幼稚園のメインの先生は、私の口に合わないかもしれないと考え、毎日の昼食に卵を焼いてくれるという心遣いを見せてくれました。そして私が韓国へ帰るときにくださったプレゼントと流してくれた涙は決して忘れません。一緒にボランティアした仲間はノルウェーの女の子二人でした。彼女たちとは授業を一緒にしたり、旅行の多くを共にしたり、共同生活をしながら本当に貴重な経験をしました。専攻も同じで考え方やマインドも私が
個人的に学ぶべきことがとても多かったです。彼女たちは私より長いギャップイヤーで4か月間ボランティアをしていました。ノルウェーの友人たちを通して北欧の福祉について間接的に学ぶことができました。また、彼女たちは自分たちなりにセンターを宣伝する映像プロジェクトを進め、韓国の学生よりも積極的で、ギャップイヤーに対してオープンな考え方やリーダーシップを持っていることを学びました。大学を卒業して就職への恐れよりも、大胆さと世界への好奇心でバンコクにボランティアに来ていたのです。韓国料理を一度振る舞ったことがあり、彼女たちがどれほど喜んでくれたかは言うまでもありません。自然と文化交流にもなり、本当に楽しかったです。
もう一つの貴重な縁はタイの教会の友人たちです。彼らは韓国にとても興味を持ち、よく気にかけてくれて本当に感謝しています。一緒に旅行に行ったり、タイの文化や人々、習慣について彼らから学ぶことができました。やはりタイ人なので、観光地巡りよりもローカルな場所を楽しめるのが嬉しかったです。本当にタイの人になっていっているような気がしました。そして私がここまでしてもらって良いのかと思うほどよく面倒を見てくれたので、私はいつも彼らを天使と呼んでいます。

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Q.ボランティア活動を除いた余暇の過ごし方はどうでしたか?(日常生活および旅行)
A.実は私はどこにいても遊ぶのも食べるのも得意で、それが二番手だと言われると悔しいくらいです!ボランティアや仕事を一生懸命することも大切ですが、タイを感じて、旅をして、眺めることもギャップイヤー参加者として重要だと思っています。だから時間ができるたびに旅行していたようです。観光客が行く有名なお寺や人気店だけでなく、タイの友達と自転車に乗って水上マーケットに行ったりもしました。船にも乗り、公園で本を読んだり授業の準備をしたこともあります。キリスト教信者なので毎週日曜日はタイの友達と礼拝に行きました。そのほかにも美味しい店巡りやショッピングなどの余暇も楽しみました。
不思議だったのは、私の住んでいる場所から5分ほどのところに、ドイツに本拠を置くGBA Shipsというロゴスホフ(www.gbaships.org/)は大きな船が停泊していました。その船は世界中を回りながら本を売るブックフェアの宣教船です。その船で本を買ったり、50か国もの様々な国の宣教師たちにも会って話したりして、本当に貴重な経験をしました。
また印象に残っていることとして、最近料理に興味があってクッキングスクールに参加してきました。スクールでは有名なタイ料理のトムヤム、パッタイ、グリーンカレーなどを作る時間がありましたが、タイは味や料理で有名なので一度体験してみてよかったと思います。家に帰ってからもいくつかの材料で家族や友達に作ってあげるつもりです!
Q.参加していて大変だった点はありますか?(例:人間関係や文化、食べ物など)
A.一番大変だったのは前にも触れましたが、厳格なコーディネーターでした。不必要なことまで厳しく扱い、すべてに干渉してくるような性格で、私と働くには少し負担で、全てのボランティアが大変に感じている人でした。もう一つ大変だったのは食べ物です。美味しい料理もたくさんありますが、センターで毎日食べた昼食や夕食は毎日食べるにはパサパサしたご飯やタイの調味料・香辛料が少し難しかったです。鶏の足や内臓などの料理が多くて、私には受け入れがたいものもありました。
そして毎週土曜日にコーディネーターがカトリックの団体だからかミサを強要してきたのですが、私はそれがとても嫌でした。実際には誰も強制していないのに毎週行けと言われるのがとても嫌でした(1回行ってその後は行きませんでしたが、笑)。さらに私は宗教を持っているのでミサに参加するのは本当にしたくありませんでした。
そして少し驚いたのはタイの体罰文化です。カンボジアの難民キャンプの学校では全くそういうことはなかったのに、朝幼稚園に行くたびに子どもたちが言うことを聞かなかったり少しでも間違えると、ここの先生たちはとても怖い方法で手で体罰を加えます。音がするほど子どもを叩き、子どもたちが泣くのを見るのはとても胸が痛み、教育がどれほど重要か気づきました。先生は元々の文化だと理解しろと言っていましたが、そのような体罰の影響で子ども同士でも叩き合い暴力的に育つのではないかと思うと本当に悲しくなりました。
Q.参加したバンコクのボランティア活動の長所や短所を挙げるとすれば?
A.長所を挙げると、今回のギャップイヤーは多様な種類のボランティアや対象を通した活動だったということです。英語教育だけでなく性教育や衛生教育のボランティアも企画通りに実施でき、対象も幼児に限定されず知的障害児、カンボジアの難民、学齢期の子どもたちなど、さまざまな年齢層に関わることができました。ある週は教育ボランティアのほかに、子どもたちが試験を受けている間に食堂の厨房でボランティアをすることもありました。1日にマンゴーを50個剥くときに食堂のおばさんたちに改めて感謝し、本当にすごいと思いました。短い1か月でしたが、多様な対象に会うことでこの年頃の子どもにはどう接し、何を教え、何を伝えるべきかという適切な目線の教育を学べたと思います。
短所というより心残りを挙げるとすれば、私が決めた1か月という期間でした。もう少し時間があればノルウェーの友達と一緒にラノーン/チェンマイにある同じセンターのプロジェクトに参加できたのです。センターからも提案があり、時間と条件が合えば行きたかったのですが、3月は最後学期の授業も受けなければならず学費も既に納めていたので、断らざるを得なかったのが一番残念でした。
Q. ギャップイヤー前とギャップイヤー後で変わった点があれば?私が感じる自分の変化
A.

私はこの絵を見るたびに若いときの経験がどれほど重要かを考えます。今回のギャップイヤーを通しても、家庭福祉、子ども教育、社会福祉など自分が持っている知識よりも、身をもって実践する経験の方が大切だと感じました。今では私の知っているその知識が、経験したギャップイヤーを通して結びつき、右の絵のような感覚です。この経験には世界を変えうるだけの影響力があると私は思います。だから今回も経験の偉大さを感じました。
そして世界を見る視点やボランティアに対するマインドが以前よりずっと広くなったように思います。私の人生においてボランティアがどのような意味を持ち、生涯どのような人々をどのように支えながら生きるべきかを改めて気づくことができたと思います。

Q.ギャップイヤーを無事に終えて帰ってきた。今後の計画は?
A.世間が私に付けたタイトルは、卒業を控えた韓国の就活生です。しかし就職準備に対する恐怖はありません。まったくないと言うのは嘘になりますが、周りの友達に比べれば比較的少ない方だと思います。卒業してすぐに就職できなければ、卒業後に6か月ほど別のギャップイヤーを過ごすつもりもあります(そのときは家族や彼氏の許可があればですが、笑)。中国で中国語を学ぶか、南米でスペイン語と南米の文化を学ぶか、海外インターンや別のギャップイヤープログラムに参加するのが私の夢です。その前に就職できればいいですが、できなくても感謝の気持ちで機会を与えられたと捉え、ワクワクしてギャップイヤーを過ごすつもりです。
就職に関しても、自分の能力と経歴をもう少し積める場所を考えています。英語が好きなので英語をさらに磨きながら業務遂行能力も学べる英語関連の仕事ができるところ。あるいは非営利団体やソーシャルビジネスで国際関係や協力を扱ったり、実務上の能力を学びたいです。その後、もう少しお金を貯めて国際開発の大学院に進学したいです。特に難民と貧困について関心を強く持つようになりました…特にカンボジアの難民の子どもたちを見ていてその気持ちがより大きくなったようです。
私が一番嫌いなのは…ただお金を稼ぐために会社に入り、その会社に入るためにスペックを積み、資格を勉強し、TOEICの点数を上げている韓国社会の典型的な20代の姿です。生きる理由や目的を全く自覚せず、20歳の頃からただ必死に生きている姿がとても痛ましいです。そうした姿は二度と戻ってこない貴重な20代の青春や若さに対する礼儀ではないと思います。
自分自身を点検する時間、未来をより鮮明に描いていく時間
Q. 最後に、自分にとって『ギャップイヤー』とは?
A.最初は「ギャップイヤー」という言葉を知らなかったのですが、この“ギャップイヤー”団体を通じて知るようになり、これまで自分なりにギャップイヤーをうまく過ごしてきたんだな、と思いました。だから感謝しています。こうした時間は、場合によっては学校で受ける必修科目よりも必要な時間なのに、それを知らずに過ごしている人が本当に多いですよね。
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私はギャップイヤーを 自分自身を見直す時間、未来をより鮮明に描いていく時間と定義したいです。単に休学して学業を一時中断するからといって、大学生活が休みになるわけではなく、その延長で与えられた多くの時間のなかで、自分が誰で、人生の目的は何か、どうやって世の中を変えられるか、どうやって世の中の役に立てるかを考えることができる時間こそがギャップイヤーではないでしょうか。また、その過程を通じて私たちに与えられた未来のビジョンを鮮明に描いていけると思います。私も、かつて自分で制限していた夢やビジョンをギャップイヤーを通して再確認し、見つけ、さらに新しい夢を発見することができました。だからギャップイヤーは、場合によっては学校で学ぶ専攻の時間よりも価値のある時間になりうると思います。

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私にとって他者に仕える「奉仕(ボランティア)」は、私の人生の大部分を占めています。だから大学1年のときから一学期もボランティアを欠かしたことがなかったと思います。私にとって最も大きな価値は、人を助け、支え、仕えることです。その価値は人々を助けるボランティアを通して発見できるものです。ボランティアというものは、労働力であれ時間であれお金であれ何かを投資しなければならない活動ですが、それを投資したときに得られる価値は何にも代えがたいものであり、またその価値の意味を既に知っているため、挑戦したことのない「海外」ボランティアを決意したのです。やはり今回も経験した価値はどの価値よりも尊いものだったと言えると思います。その価値を知っており、また経験したいという理由から海外ボランティアに参加しました。
- 世界中のNGOが集う温かな都市、バンコクでのボランティア活動/イ・ジェヨン(ギャップイヤー族・ギャッパー) |
Q.自己紹介をお願いします。
A.こんにちは。私はヨンナム大学に在学中の25歳の大学生、イ・ジェヨンです。
ありふれた陳腐な自己紹介よりも、『誰にでも熱く溢れる愛を伝えたい』『世界の中で人を救う』『冷静な頭脳+熱い心+勤勉な手足を持つ世界市民』『本物になるために激しく努力し成長したい』『どこへでも飛び立てる』といった形容詞こそが、イ・ジェヨンという人を表す言葉ではないかと思います。私は人を救いたいという理由と目的が明確な、将来の国際専門家になるために準備している、現在はその名だけで熱い『大学生』イ・ジェヨンです。
Q.タイでボランティア活動としてギャップイヤーを過ごすことに決めました。海外ボランティアに参加した動機は何ですか?
A.国内のボランティアであれ海外のボランティアであれ、私にとって他者に仕える『ボランティア』は私の人生の大部分を占めています。だから大学1年のときから一学期もボランティアを欠かしたことがなかったと思います。私にとって最大の価値は人を助け、支え、仕えることです。その価値は人々を助けるボランティアを通して見出される価値です。ボランティアというものは、労働力でも時間でもお金でも何かを投資しなければならない活動ですが、それを投資したときに得られる価値は何にも代えがたいものであり、またその価値の意味を既に知っているため、挑戦したことのない『海外』ボランティアを決意したのです。やはり今回の経験もどの価値よりも尊いものであったと言えるでしょう。その価値を知っており、また経験したいという理由から海外ボランティアに参加しました。

© Korea gapyear
Q.ギャップイヤーについてはどのように知りましたか?
プログラムの中で、特にバンコクのボランティアプログラムを選んだ理由があれば教えてください。
A.大学生活の間、バケットリストの一つが海外ボランティア活動でした。そうでした。ところが2013年のある夏、学校のアフリカ行きの海外ボランティアに応募し、わずか4名だけが行けるそのアフリカ海外ボランティアの最終合格通知を受け取りました。しかしその嬉しい知らせも束の間、アフリカという地域への両親の反対と健康上の問題により断念せざるを得ませんでした。落胆も大きかったのですが、アフリカ行きを諦めた翌日にはすぐに他の海外ボランティアを探し始めました。そこで見つけた『ギャップイヤー』という社会的企業は私にとって最適な団体でした。いくつかの利点がありました。
他の海外ボランティアとは異なり、個人で派遣されることが可能で、ボランティアプログラムを自分で企画でき、より経済的で、メンターたちの話も聞け、あらかじめ組まれたプログラムに従うのではなく自由で創造的な機会が開かれていたため、すぐに応募しました。
特にバンコクのボランティアプログラムを選んだ理由は2つあります。第一に、私は国際学を副専攻しており、前学期に東南アジアのコミュニケーションと文化/植民地主義とアジア民族主義といった授業を受ける中で、タイという国自体に対する興味がありました。タイは、特にバンコクは誰もが行きたい観光地の第一位の都市であり、東南アジアで唯一一度も植民地支配を受けなかった国で、資源と可能性に恵まれているにもかかわらず、なぜ発展が乏しいのか、なぜ豊かでないのかという疑問がありました。そうであれば国民の『意識』に関する問題だろうと考え、タイの人たちの意識について非常に知りたく、その国の人々と話をし、タイ文化を感じて触れてみたいと思ったからです。
第二に、NGOと子どもたちに関する私の夢とビジョンに関係することでした。子どもたちをとても愛し、助けたいと思い、好きな英語で意思疎通をするだけでなく、NGO団体での実務的な仕事を間接的にでも経験してみたかったのですが、バンコクのボランティアプログラムはまさに私のために作られたかのような、私に最適化されたプログラムだと言えました。
ギャップイヤーの期間中に新しい人々に出会い、様々な文化に触れ、
コミュニケーションを取り経験することに、恐れを抱くということは、
20代の私の青春にとって、申し訳ない感情だと思います。
Q. 約1か月間のギャップイヤーを過ごすことにした。以前に海外ボランティアの経験はありますか?参加することに不安はありませんでしたか?
A.海外で1か月ほどのボランティアは今回が初めてだったように思います。2012年に1年間、宣教訓練を受けるためにアメリカのニューヨークに住んでいたことがあり、そこで時間があるときに低所得層の労働者に無料で食事を提供する「Kitchen Soup」プログラムに参加した記憶があります。多くの人が知っている豊かで華やかな「マンハッタン」だけがニューヨークではなく、その裏側には私たちがよく知らないニューヨークもあり、助けを必要とする人々が非常に多く存在しているのを見てとても悲しかったです。どの都市や国にも貧困のない場所はないのだと感じました。匂いがあり、よく洗えず、満足に食べられないニューヨークの労働者たちに接し、彼らとともに過ごした経験は決して忘れられないと思います。
子どもの頃からさまざまな方法や期間で多くのギャップイヤーを過ごしてきたため、参加することに対して全く怖さはありませんでした。むしろドキドキして、ワクワクして、期待していました!ギャップイヤーの期間に新しい人々と出会い、さまざまな文化に触れ、コミュニケーションを取り、経験することを恐れるのは、20代の私の青春に対して申し訳ない気持ちだと思います^^;
Q. ギャップイヤーを過ごすためにタイに行くと言ったとき、周りの反応はどうでしたか?
A. 実際、周囲の反応はあまり良くありませんでした。ほとんどの大人や友人たちが反対していました。単にタイだからとかボランティア活動で参加するからではなく、タイで「デモ」が盛んだったからです。しかし、彼らの反対を押し切ってでも行かなかったら大変後悔していたと思います。私が実際に体験したタイのデモは、報道されているほど暴力的でも危険でもありませんでした。外国人に対しては全く害はなく、むしろお祭りのような雰囲気で多くの人が集まり、さまざまな催しも行われ、この時期にしか経験できない珍しい体験でした。
Q. 既存の海外ボランティアとギャップイヤーのボランティアプログラムの違いは何ですか?
A.前にも述べましたが、ギャップイヤーの海外ボランティアには他の海外ボランティアとは全く異なるメリットがあると思います。私は性格上、個人が自由でないことや型にはまった決められたことがとても嫌いな人間です。一般的に知られている海外ボランティアには制約があると思います。参加できるプログラムも決まっていて、一緒に行く人にも気を使い、期間や場所も勝手に決められてしまいますよね。また1週間や2週間という短い期間の海外ボランティアは、ボランティアと呼ぶには気が引けるほど、そこで実際に助けを必要としている人々に対して申し訳ないことなのではないかと感じます。
しかし、ギャップイヤーのボランティアプログラムは、行く前にメンターと会えたり、プログラムを自分で企画できるという点が大きなメリットでした。私は毎学期、性と家庭を扱う家族福祉を専攻しているので、その知識を活かして性教育を具体的に企画しました。一度プログラムを企画してみると楽しくなり、プロジェクト自体に対する欲も出てきたので衛生教育も自分で企画してみました。そうして準備して持って行った衛生教育プロジェクトは、タイに住むカンボジア難民キャンプの子どもたちに適用し、受益者とボランティア、団体のすべてに良い効果をもたらしました。自分で企画してそれを実行するということ自体が私にとって大きな意味がありました。タイに出発する前に国と対象に対する認知と理解を基にボランティアプログラムをまず企画し、そこで実際にその企画を実行したときの効果を見て驚きました。
© Korea gapyear
Q.ギャップイヤーに参加する前に個人的に準備したことがあれば教えてください。
A. 私は「VANK(反ク)」をよく利用します。VANK(Voluntary Agency Network of Korea)は、全世界に我が国を正しく知らせ、グローバルな問題に対応するサイバー民間外交団体です。ここで海外に出る目的や活動などを共有すると、韓国の広報資料キットを無料で支援してもらえます。私は学校にいる外国人の友人たちのため、また海外に行くたびにこのサイトをよく利用して無料で韓国の広報物を受け取り、韓国を紹介しています。(www.prkorea.com/start.html)
また、プログラムの企画も準備しました。このプロジェクト企画案は一人で行うというより、ギャップイヤーに出発する前のオリエンテーションの時間にギャップイヤーのメンターの方々と多く話し合い共有しながら準備しました。参加団体や地域文化を理解し、該当団体と私が現在住んでいる場所との違いを分析していくとプロジェクトのアイデアが一つずつ出てきました。これらのアイデアを絞り込み具体化し、目標や意図を整理し、分析や期待効果などを自分なりに書いてみると意外と面白い作業でした。主に私は「性教育」のボランティアプログラムを企画していました。私の専攻は家庭福祉で毎学期性と結婚について学ぶので、タイの子どもたちに役立つだろうと思いました。それに加えてプロジェクトを作るうちに欲が出てきて、さまざまな資料を活用して衛生教育も企画してみました。

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また別に持って行ったものとしては、韓国のお土産やプレゼントでした。私は海外に行くたびに近くの在来市場や韓国土産を扱う店で安く買い、そこで出会う人々のことを思いながらプレゼントを準備していきます。タイでも一緒に過ごした友人たち、ハウスディレクター、オフィススタッフに韓国のポストカードと一緒にプレゼントしたらとても喜ばれました。また私の仲の良い姉が石鹸クラフトをしていて、そこで安い値段で可愛い形の石鹸を50個ほど作ってもらい、タイの子どもたちやカンボジアの難民の子どもたちに衛生教育をしながら石鹸をプレゼントしたらとても喜んでくれました。その様子を見て誇らしく思うと同時に、本当に良く準備して行ったと感じました。
Q. ボランティア活動の機関で担当していた業務は何ですか?行った活動について教えてください。
A.
9:00-11:00 センター内の幼稚園補助/英語教育
12:30-2:30 カンボジア難民キャンプでの英語教育
4:00-5:00 チュータリング
5:00-5:30 国際学校の生徒の個別指導
思っていたよりハードなスケジュールでした。私は主に英語教育を担当しました。センターは通常朝9時から夕方5時まで稼働しています。私の場合は月曜から金曜まで9時から5時半までのスケジュールがありました。9時から11時まではセンター内の孤児を預かる幼稚園で補助教員をしていました。朝は可愛い子どもたちの洗顔やパウダーを塗るのを手伝ったり、ミルクを飲ませたりしていました。そしてメインの先生が授業に入ると、裏でサポートをしていました。週に3回ほどは私が直接単語や塗り絵、クラフト中心の英語授業を行いました。30〜40分ほどでしたが、38人の子どもたちを相手に、彼らの視点で進めるのは簡単ではありませんでした。授業が終わると子どもたちは昼食を食べて昼寝をしますが、先生二人だけでは大変なので一緒に手伝うこともありました。最後の週には食堂で子どもたちの果物を準備するボランティアも経験しました。朝、マンゴーやパパイヤの皮を剥いていた食堂での作業は忘れられません。

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終わるとボランティアやセンターの人たちと一緒に昼食を取り、午後の予定に入りました。私の場合、週に3回はセンターが保護対象としているカンボジア難民キャンプの子どもたちに会いに行きました。バイクで10分ほど行くとカンボジア難民が集まって暮らす難民キャンプがありました。そこに学校があると言われて『ああ、別に学校があるんだ』と思って行きました。
普通、韓国で「学校」と言えば大きな建物やチャイム、教室を思い浮かべますよね。でも、カンボジア難民たちが定義する「学校」に行ってみて、とても驚くと同時に申し訳ない気持ちになりました。私が思い描いていた学校のイメージは全くありませんでした。そこは「ここが学校だよ」と言われても、敷物と机が一本、椅子が一つあるだけでした。そしてその周りには難民キャンプの家やゴミがあふれ、虫だらけの場所でした…。個人的にはセンターでのボランティアよりも、週に3回難民キャンプを訪れて行うボランティアの方がより意味があると感じました。カンボジアの子どもたちは、これまで私が出会ったどの子どもよりも純粋で、英語を学びたいと思っている子たちでした。子どもたちを色で表すなら、白でもなく透明な無色と表現したいです。それほど純粋で可愛い子たちが、今でもとても恋しいです。
センターのテーマやカリキュラムで決まった英語授業とは異なり、難民キャンプでの授業は私が自由に進めて良いものでした。だから、より創造的で短時間に効率的な教育方法を考えました。韓国から持って行った衛生教育を子どもたちに教えたら喜ぶだろうと思い、一緒に実際に洗ってみたり石鹸を使ってみせながら、いつどのように洗うべきかを教えました。また、英語の授業は主に6〜7歳の子どもたちが対象だったので、2時間の間に飽きさせないようにゲームや英語チャント、塗り絵、クラフト、反復学習などを活用して授業を進めました。最終日には子どもたちがほとんどの単語や授業内容を覚えていて、英語の先生としてとても誇らしく嬉しかったです。
難民キャンプでの授業がない金曜日には、センターの隣にあるスクールで文化授業を行いました。韓国語を教えたり韓国の文化を紹介する時間を持ちました。そこにいる子どもたちの中には精神的に多くの支援が必要な子もいたため、簡単な授業中心で進めました。韓国語の時間以外にもゲームをしたり、一緒にウクレレを学んだり、英語授業やクラフトなど、どれも楽しい授業をしました。
月曜から金曜まで16時から17時半までは個人授業のチュータリングを行いました。1時間ほどは中学生の女子を対象に基礎的な英語を手伝い、クラフトやゲームなどを活用して英語に興味を持たせる時間でした。ほぼ毎日会う生徒たちだったので、1週目にラポールを形成する時間がかなり必要で、仲良くなろうとたくさん努力したと思います。そしてかなり仲良くなったとき、少人数ですが準備してきた性教育も行いました。恥ずかしがることもあり、タイは性に関する考え方自体が異なるので、さらに英語で進める必要がある状況では子どもたちに分かりやすく伝えるのは簡単ではありませんでした。すべての授業が終わったとき、子どもたちが手紙を書いてくれたり、フェアウェルで『先生、ありがとう。本当に大切(貴重)だ』と言ってくれたときは、とても感謝と誇らしさを感じました。
17時から約30分は、国際学校に通う女の子の宿題を手伝ったり、一緒に英語の絵本を読む時間を持ちました。その生徒の母親がセンターで働いていて、私をとても可愛がってくれてどれほど感謝したかわかりません。

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Q.ボランティア活動で出会った人々、あるいは印象に残っている人がいれば?
A.私は人間関係を重視するタイプなので、人生で誰に出会うかが本当に重要です。今回のバンコク行きにも貴重な出会いがありましたが、最も印象に残っているのは、おそらく一緒に働いたコーディネーターだと思います。コーディネーターは主に外国人ボランティアを管理し、ボランティアのケアを担当しています。私のコーディネーターは私が会ったどの人よりも厳格で、一つ一つ細かく物事を処理する人だったので、正直私には少し大変でした。出国前にコーディネーターが急に変わったことも影響しましたが、業務面や人間関係のスキルにおいて誰にとっても接しにくいタイプでした。
私だけでなく他の外国人も多くが辛そうにしていましたが、ずっと『つらい』『嫌だ』と考えているのは自分の損だと思いました。だから時間が経つにつれてできるだけうまくやろうと、別の視点で見るよう努力したと思います。後になって気づいたのですが、その人がトランスジェンダーだと知ってどれだけ驚いたかわかりません。しかしこうした特別な経験は今でなければできないので、とても新鮮でした。就職を準備している時期に、どんな職業でもどんな上司でも受け入れられるだろうという自信にもつながりました。はは。
二番目は、印象に残っているのはセンターで一緒に働いたディレクターやボランティアたちです。センターにいるほとんどの幼稚園の先生やワークディレクター、ハウスディレクターは私にとても寛大で慈悲深く接してくれました。特に朝の幼稚園のメインの先生は、私の口に合わないかもしれないと考え、毎日の昼食に卵を焼いてくれるという心遣いを見せてくれました。そして私が韓国へ帰るときにくださったプレゼントと流してくれた涙は決して忘れません。一緒にボランティアした仲間はノルウェーの女の子二人でした。彼女たちとは授業を一緒にしたり、旅行の多くを共にしたり、共同生活をしながら本当に貴重な経験をしました。専攻も同じで考え方やマインドも私が
個人的に学ぶべきことがとても多かったです。彼女たちは私より長いギャップイヤーで4か月間ボランティアをしていました。ノルウェーの友人たちを通して北欧の福祉について間接的に学ぶことができました。また、彼女たちは自分たちなりにセンターを宣伝する映像プロジェクトを進め、韓国の学生よりも積極的で、ギャップイヤーに対してオープンな考え方やリーダーシップを持っていることを学びました。大学を卒業して就職への恐れよりも、大胆さと世界への好奇心でバンコクにボランティアに来ていたのです。韓国料理を一度振る舞ったことがあり、彼女たちがどれほど喜んでくれたかは言うまでもありません。自然と文化交流にもなり、本当に楽しかったです。
もう一つの貴重な縁はタイの教会の友人たちです。彼らは韓国にとても興味を持ち、よく気にかけてくれて本当に感謝しています。一緒に旅行に行ったり、タイの文化や人々、習慣について彼らから学ぶことができました。やはりタイ人なので、観光地巡りよりもローカルな場所を楽しめるのが嬉しかったです。本当にタイの人になっていっているような気がしました。そして私がここまでしてもらって良いのかと思うほどよく面倒を見てくれたので、私はいつも彼らを天使と呼んでいます。

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Q.ボランティア活動を除いた余暇の過ごし方はどうでしたか?(日常生活および旅行)
A.実は私はどこにいても遊ぶのも食べるのも得意で、それが二番手だと言われると悔しいくらいです!ボランティアや仕事を一生懸命することも大切ですが、タイを感じて、旅をして、眺めることもギャップイヤー参加者として重要だと思っています。だから時間ができるたびに旅行していたようです。観光客が行く有名なお寺や人気店だけでなく、タイの友達と自転車に乗って水上マーケットに行ったりもしました。船にも乗り、公園で本を読んだり授業の準備をしたこともあります。キリスト教信者なので毎週日曜日はタイの友達と礼拝に行きました。そのほかにも美味しい店巡りやショッピングなどの余暇も楽しみました。
不思議だったのは、私の住んでいる場所から5分ほどのところに、ドイツに本拠を置くGBA Shipsというロゴスホフ(www.gbaships.org/)は大きな船が停泊していました。その船は世界中を回りながら本を売るブックフェアの宣教船です。その船で本を買ったり、50か国もの様々な国の宣教師たちにも会って話したりして、本当に貴重な経験をしました。
また印象に残っていることとして、最近料理に興味があってクッキングスクールに参加してきました。スクールでは有名なタイ料理のトムヤム、パッタイ、グリーンカレーなどを作る時間がありましたが、タイは味や料理で有名なので一度体験してみてよかったと思います。家に帰ってからもいくつかの材料で家族や友達に作ってあげるつもりです!
Q.参加していて大変だった点はありますか?(例:人間関係や文化、食べ物など)
A.一番大変だったのは前にも触れましたが、厳格なコーディネーターでした。不必要なことまで厳しく扱い、すべてに干渉してくるような性格で、私と働くには少し負担で、全てのボランティアが大変に感じている人でした。もう一つ大変だったのは食べ物です。美味しい料理もたくさんありますが、センターで毎日食べた昼食や夕食は毎日食べるにはパサパサしたご飯やタイの調味料・香辛料が少し難しかったです。鶏の足や内臓などの料理が多くて、私には受け入れがたいものもありました。
そして毎週土曜日にコーディネーターがカトリックの団体だからかミサを強要してきたのですが、私はそれがとても嫌でした。実際には誰も強制していないのに毎週行けと言われるのがとても嫌でした(1回行ってその後は行きませんでしたが、笑)。さらに私は宗教を持っているのでミサに参加するのは本当にしたくありませんでした。
そして少し驚いたのはタイの体罰文化です。カンボジアの難民キャンプの学校では全くそういうことはなかったのに、朝幼稚園に行くたびに子どもたちが言うことを聞かなかったり少しでも間違えると、ここの先生たちはとても怖い方法で手で体罰を加えます。音がするほど子どもを叩き、子どもたちが泣くのを見るのはとても胸が痛み、教育がどれほど重要か気づきました。先生は元々の文化だと理解しろと言っていましたが、そのような体罰の影響で子ども同士でも叩き合い暴力的に育つのではないかと思うと本当に悲しくなりました。
Q.参加したバンコクのボランティア活動の長所や短所を挙げるとすれば?
A.長所を挙げると、今回のギャップイヤーは多様な種類のボランティアや対象を通した活動だったということです。英語教育だけでなく性教育や衛生教育のボランティアも企画通りに実施でき、対象も幼児に限定されず知的障害児、カンボジアの難民、学齢期の子どもたちなど、さまざまな年齢層に関わることができました。ある週は教育ボランティアのほかに、子どもたちが試験を受けている間に食堂の厨房でボランティアをすることもありました。1日にマンゴーを50個剥くときに食堂のおばさんたちに改めて感謝し、本当にすごいと思いました。短い1か月でしたが、多様な対象に会うことでこの年頃の子どもにはどう接し、何を教え、何を伝えるべきかという適切な目線の教育を学べたと思います。
短所というより心残りを挙げるとすれば、私が決めた1か月という期間でした。もう少し時間があればノルウェーの友達と一緒にラノーン/チェンマイにある同じセンターのプロジェクトに参加できたのです。センターからも提案があり、時間と条件が合えば行きたかったのですが、3月は最後学期の授業も受けなければならず学費も既に納めていたので、断らざるを得なかったのが一番残念でした。
Q. ギャップイヤー前とギャップイヤー後で変わった点があれば?私が感じる自分の変化
A.

私はこの絵を見るたびに若いときの経験がどれほど重要かを考えます。今回のギャップイヤーを通しても、家庭福祉、子ども教育、社会福祉など自分が持っている知識よりも、身をもって実践する経験の方が大切だと感じました。今では私の知っているその知識が、経験したギャップイヤーを通して結びつき、右の絵のような感覚です。この経験には世界を変えうるだけの影響力があると私は思います。だから今回も経験の偉大さを感じました。
そして世界を見る視点やボランティアに対するマインドが以前よりずっと広くなったように思います。私の人生においてボランティアがどのような意味を持ち、生涯どのような人々をどのように支えながら生きるべきかを改めて気づくことができたと思います。

Q.ギャップイヤーを無事に終えて帰ってきた。今後の計画は?
A.世間が私に付けたタイトルは、卒業を控えた韓国の就活生です。しかし就職準備に対する恐怖はありません。まったくないと言うのは嘘になりますが、周りの友達に比べれば比較的少ない方だと思います。卒業してすぐに就職できなければ、卒業後に6か月ほど別のギャップイヤーを過ごすつもりもあります(そのときは家族や彼氏の許可があればですが、笑)。中国で中国語を学ぶか、南米でスペイン語と南米の文化を学ぶか、海外インターンや別のギャップイヤープログラムに参加するのが私の夢です。その前に就職できればいいですが、できなくても感謝の気持ちで機会を与えられたと捉え、ワクワクしてギャップイヤーを過ごすつもりです。
就職に関しても、自分の能力と経歴をもう少し積める場所を考えています。英語が好きなので英語をさらに磨きながら業務遂行能力も学べる英語関連の仕事ができるところ。あるいは非営利団体やソーシャルビジネスで国際関係や協力を扱ったり、実務上の能力を学びたいです。その後、もう少しお金を貯めて国際開発の大学院に進学したいです。特に難民と貧困について関心を強く持つようになりました…特にカンボジアの難民の子どもたちを見ていてその気持ちがより大きくなったようです。
私が一番嫌いなのは…ただお金を稼ぐために会社に入り、その会社に入るためにスペックを積み、資格を勉強し、TOEICの点数を上げている韓国社会の典型的な20代の姿です。生きる理由や目的を全く自覚せず、20歳の頃からただ必死に生きている姿がとても痛ましいです。そうした姿は二度と戻ってこない貴重な20代の青春や若さに対する礼儀ではないと思います。
自分自身を点検する時間、未来をより鮮明に描いていく時間
Q. 最後に、自分にとって『ギャップイヤー』とは?
A.最初は「ギャップイヤー」という言葉を知らなかったのですが、この“ギャップイヤー”団体を通じて知るようになり、これまで自分なりにギャップイヤーをうまく過ごしてきたんだな、と思いました。だから感謝しています。こうした時間は、場合によっては学校で受ける必修科目よりも必要な時間なのに、それを知らずに過ごしている人が本当に多いですよね。
© Korea gapyear
私はギャップイヤーを 自分自身を見直す時間、未来をより鮮明に描いていく時間と定義したいです。単に休学して学業を一時中断するからといって、大学生活が休みになるわけではなく、その延長で与えられた多くの時間のなかで、自分が誰で、人生の目的は何か、どうやって世の中を変えられるか、どうやって世の中の役に立てるかを考えることができる時間こそがギャップイヤーではないでしょうか。また、その過程を通じて私たちに与えられた未来のビジョンを鮮明に描いていけると思います。私も、かつて自分で制限していた夢やビジョンをギャップイヤーを通して再確認し、見つけ、さらに新しい夢を発見することができました。だからギャップイヤーは、場合によっては学校で学ぶ専攻の時間よりも価値のある時間になりうると思います。
このプロジェクトが特別な理由