#進路に関する具体的な方向をつかんだ #自分を見つめ直す貴重な時間 #視野が広がるのを実感した
© Korea gapyear
私はとても助かりました。正直行く前は何をすればいいか具体的には分かりませんでした。でも行って戻ってみると「あ、私が進路についてどの方向にどうすべきか」というマインドが生まれました。
-<美しい自然の中、チリ・タルカのホームステイ>, |
行って戻ってきてから顔つきがよくなったようです。
元々もっとふっくらしていたのにかなり痩せました。だからこのプログラムにより満足していると思います。(笑) (食べ物は口に合いましたか?)食べ物は本当に良かったです。よく言われる下痢(お腹のトラブル)もありませんでした。ひどくお腹を壊したこともありません。 (帰ってきてから最近はどう過ごしていますか) 行って戻ってきて(韓国に来てから)14日経ちましたが、着いてすぐは適応できませんでした。時差にもあまり慣れませんでした。実はペルーに行った時も高山病にかかり、韓国に戻っても風邪ではないのですが頭痛がして、時差に慣れず真夜中に一人で目が覚めたりしました。
今回の南米旅行の前に海外旅行した経験はありましたか?
ありますが、中国と日本です。中国は家族と、日本には二回行っていて一度は一人で、もう一度は友達と行きました。それでもこんなに遠くへ行ったのは初めてです。
南米旅行は簡単ではなかったと思いますが、どうやって挑戦することになったのですか?
私の専攻はスペイン語です。スペイン語も学びつつ活動もしてみたくて応募しました。私はとても良かったです。(語学はかなり伸びましたか?)最初は外国人を見ると距離を感じましたが、今では(言語への恐怖心なく)遠慮せずに近づけます。
女性が一人で南米旅行は簡単ではないと思います。ご両親は心配しませんでしたか?
両親も自由な雰囲気なのであまり心配しませんでしたが、むしろ祖父母がとても心配しました。
(行くのに移動時間がかなりかかると聞きました) アメリカを経由して行かなければならず、20時間かかりました。 (移動の過程はどうでしたか?)最初は韓国からアメリカまでで約12時間くらいかかります。アメリカから南米までは6時間かかりました。アメリカまで来ると12時間も耐えられるので、南米に行ったときは慣れました。南米は交通が発達していないのでどこへ行くにも4時間が基本です。だから4〜5時間バスに乗ってクスコに行くのに21時間かかりました。バスの設備は良くて飛行機では1時間の距離でもバスをよく使っていました。韓国では釜山に行くのに4〜5時間かかって多いと思っていましたが、クスコに比べれば何でもないようです。

普段から旅行は好きでしたか?
旅行することは好きですが、こんなに遠くに行ったのは初めてでした。 (どのくらい旅行しましたか?)たくさんは旅行せず、ペルー近郊をよく回りました。写真もたくさん撮りました。
学校でスペイン語を学んでいて、現地で実際にスペイン語を使ってみてどうでしたか?
スペインで話されるスペイン語と南米で話されるスペイン語は違います。発音や速度が違うんです。ペルーはゆっくり話し、チリはとても話すのが早く発音も縮まります。国ごとに違いがあると感じました。 (スペイン語の実力が向上したかどうか) はい。南米でスペイン語を使うと、最初はよくわからなかったのですが、最後にペルーに来て韓国人の民宿に泊まったんです。私は韓国人に代わってスペイン語の通訳をたくさんしました。韓国の方たちと一緒にレストランに行って、料理の注文も私がスペイン語でしたりしました。
旅行だけでも回れたはずですが、語学プログラムに一緒に申し込んだ理由はありますか?
もともと南米やスペインの語学留学を探しているときにギャップイヤーを知りました。直接南米に行くよりも、アメリカでスペイン語が使われるマイアミを勧められるんです。費用が高かったです。でもここはクスコもありチリもあってすぐに挑戦することにしました。だから飛行機のチケットを買って、まず連絡しました!
スペイン語を専攻した。専攻は自分の適性に合っていますか?
正直、1年生のときはよくわからずにやっていて、2年生のときは別の学科に変えることや編入をずいぶん悩みました。ある程度経って2年生が終わり休学して… スペイン語はカンナムにある語学学校で学びました。正直、語学学校ではスペイン語は上達しませんでした。友達も1年ほどペルーやメキシコに行ってきて、とても役に立ったと言っていました。交換留学は長期間滞在しなければならないので、むしろ旅行のように行く方がいいと思いました。
現地の語学学校のカリキュラムはどうでしたか?
まだ韓国人もおらず、ポーランドやドイツ、アメリカの人たちがいました。アジア人はほとんどおらず、ほとんどがヨーロッパ人でした。ある程度の体系感もありました。学園の授業が終わると午後に南米ペルー料理を作るような活動をし、金曜日には4時間授業のうち2時間はクスコ近郊の文化を体験するアクティビティがあり、楽しかったです。「クイ」というモルモットの肉があります。形を見て戸惑いましたが、実際に食べてみると韓国のチキンに似ていておいしく食べました。金曜日は先生と学生で何をしたいかを一緒に相談して決めます。だからクスコ近郊の伝統市場や展望台に行ったり、動物園に行ったり色々して2時間ほど遊びました。

スペイン語の授業の構成はどうでしたか?
会話中心に合わせられていて、基礎的な動詞変化や時制の変化、単語などを学びました。(韓国で学んだことと違いがあるかどうか気になります)人々自体が外国人で、スペイン語を必ず使うことになり、スペイン語ができないと英語で説明されるので違いを感じました。韓国と違ったのは、休み時間があれば韓国では韓国語で話すべきですが、そこでは英語かスペイン語で話すようになったことです。(現地で友人と交流は多かったですか?) 一緒にホームステイしていた友人たちや、友達とは言いにくい年配の女性たちとも仲良くなりました。1週間ほど残ったときにホームステイ先の人が変わったのですが、その人ともよく遊びに行きました。
ホームステイはどうでしたか?
私はよく知らないのですが、元々予定していた方が変わったそうです。より良い方に変えてくださったそうです。なので行ってみると本当に良かったと思います。一緒に週末に車で近郊へドライブにも行きました。。(部屋は不便ではありませんでしたか?)クスコは不便なことはありませんでした。ローミングをしていれば電話はできたと思うのですが、電話ができなかったことを除けばそれほど不便ではありませんでした。宿泊先にWi-Fiはなかったですが、学園にはWi-Fiがありました。 (ホームステイの際も食事はすべて提供されると聞いています)はい、すべて提供してくれました。日曜日の昼はカトリックの行事があったので、日曜日の昼を除いては全部出してくれました。(食事は口に合いましたか?) チャーハンや丼のようなものもあり、肉やジャガイモ、サラダなどどれも口に合いました。。 (学園との距離は)ホームステイ先と学園までは歩いてだいたい20分ほどかかりました。クスコは町が小さいんです。周辺の遺跡や広場も小さいです。
ペルーではたくさん旅行しましたか?
クスコ近郊の見どころやツアーできる場所がたくさんあります。マチュピチュに入る前の「オヤッタ」という村、マチュピチュ、ペルーではインカやバジェスタ要塞、パラカス国立公園に行きました。
スペイン語がある程度できたため、プログラムに参加する上で利点があったと思います。
みんな英語がある程度通じると思っていて、リマは大都市なのでどこへ行っても英語で対応してくれますが、クスコは正直南米のどこへ行っても道を尋ねようとしてもスペイン語を少しでも使うと必ずスペイン語で道を教えてくれます。英語で尋ねてもスペイン語で答えられ、人々はみんなスペイン語で話すので不便でした。
© Korea gapyear
ペルーで語学勉強を終え、チリのファームステイでギャップイヤーを過ごしました。
特にファームステイプログラムを選んだ理由は
最初はクスコにだけいるつもりでしたが、私と相談した方がチリや他の場所に行くことを勧めてくれました。南米は一度行くのが簡単な場所ではありませんよね。だから最初はクスコだけのつもりでしたが、チリにも参加すると言いました。
チリの場合、サンティアゴまでは4時間ほど離れていると聞きましたが
チリは長距離バスの便が良いので近郊旅行のときにも利用します。クスコを出発する前日に連絡が来て、バスに乗ると『何時に会う』と言われ、バスターミナルに行けばそれで済みました。来るときはトラックに乗せてもらいました。
初日は遅く着いたので料理だけして、翌日から仕事を始めました。最初は簡単な仕事をしていたのですが、後には動物の糞の掃除などもしました…。馬もいます。アルパカ、犬、馬、猫がたくさんいます。馬は広い土地に一日中出ていて、夕方に呼ぶと戻ってきます。柵に入れるのに時間はかかりますが、自分で来てくれました。ですから小屋に入れて餌をやり、糞も掃除しました。 (馬には直接乗りましたか) 馬には乗りませんでした。見るだけでした。
農場の夫妻と一緒に暮らしていると聞きました。
農場の主の夫妻のほかに別の男性がいます。チリの方で、農作業はあまりせずに料理をしたり、サンティアゴと行き来しながら暮らしている人です。 (他の学生はいませんでしたか)滞在していた他の学生はいませんでした。(コミュニケーションはスペイン語でしたか) はい、スペイン語で話して、わからないときは英語で聞いて答えてくれました。 (奥さんが本当にいい方だと聞きました)本当に最初はなかなか慣れずにぎこちないこともありましたが、時間が経つにつれてよく気にかけてくれました。『何か必要なものはない?大丈夫?』と何度も聞いてくれました。ご主人はいましたが週に一、二回しか会いませんでした。チリでも教授をしているのであまり顔を合わせる機会がなかったようです。
プログラムに参加する前に考えていたことと違った点はありましたか
私が考えていたのとはかなり違いました。私はボランティアというと『ヘルパー』、手伝うというイメージで、そんなにたくさん働くとは思っていませんでした。しかしファームステイの主人は、私がやりたいときにやるのではなく、働く時間を決めてくれました。
違うならやらなくてもいいし別の場所に行ってもいいから決めてほしいと言われましたが、実際一人でいるとどこかへ行くのはためらわれました。だからとりあえずやる、平気だと答えました。最初は正直なかなか慣れませんでした。携帯やインターネットも使えずもどかしく、家族にも連絡が取れないと事前に伝えていましたが、実際に一週間連絡がないと母の立場ではとても心配したようです。最初は慣れるのが大変でしたが、一、二週間で慣れました。
携帯やインターネットが使えなかったとは、かなりもどかしかったでしょうね。
私は野球が好きで、野球のニュースがとても気になりました。それに韓国で何が起きているか気になり、家族や友人に連絡したいのにできず辛かったです。最初はノートパソコンで『無限挑戦』を飽きるほど見ていました(笑)。(慣れるのにどれくらいかかりましたか)私は1週間から2週間くらいかかったと思います。(途中で両親と少し連絡がとれたと聞きましたが、どうやってできたのですか) 家の裏の山に登ったのですが、その山では少しインターネットが繋がることがありました。全く繋がらないときもありますが。そこで山に一緒にいたおじさんにホットスポットを頼んで、山でスマートフォンから連絡しました。(連絡が取れなくて両親はとても心配したでしょうね)ほぼ一週間ぶりに最初に連絡したとき、韓国は朝の5時でした。とにかく連絡しなければと思って早朝にビデオ通話アプリでしました。とてももどかしかったですが大丈夫でした。後でおばさんと娘さんがスーパーの近くに行ってWi-Fiで連絡しました。
自分について考える時間がたくさんあったと思います。
朝に3時間、夕方に3時間を除くと、食事をしてもほとんど時間が余るので考えることも多かったです。最初はやることがなかったので、できるだけできることをたくさんして、夜には日記をたくさん書きました。日記を書くと一日の整理にもなり、あとでどこへ行っても日記を見れば思い出すことができました。
他に不便な点はありませんでしたか。
田舎で虫が多かったので、私は元々虫を殺さずに外に投げることが多かったのですが、虫が際限なくとても多く出てきて、おばさんにも聞きました。「そのまま殺していい」と言われたので、ただ殺しました。文字通り最初はつらいですが、慣れれば大丈夫です(笑)。
農場ではどれくらい働きますか?
仕事は朝9時半ごろに始めて1時半まで、約3時間働き、午後5時過ぎから2、3時間働きました。(農業をした経験はありましたか?)おじいさんが小さな畑をしていたときに手伝った経験はあります。でも、このファームステイプログラムに行くと農場に動物がたくさんいますよね。動物の糞なども片付けたり、山に行って登山道も作ったりしました。木の排水路があって、排水路の作業もしました。 (週末は主にどんな仕事をしていましたか?)週末も仕事はしますが平日に比べて簡単な仕事でした。実を採ってアルパカにあげたりしました。木に小さなリンゴのような実がたくさんなっていて、重くて倒れそうだから実を採ってアルパカにあげてと言われました。実が熟していなかったのが残念でした。熟したものを採るほうがずっと楽しかったでしょうね。
仕事はとても役に立ちましたか?
はい、私にはとても役に立ちました。正直行く前は何をすべきか具体的に分かりませんでした。でも行ってみると『あ、私は進路についてどの方向にどうすればいいか』という考えが生まれました。
残りの期間、どのくらい旅行しましたか?
約3週間でした。リマを少し回り、そこの人たちといくつかの観光地を回りました。砂漠にも行きました。砂が細かくて怪我はしませんでした。ただ車に乗ってツアーを回りました。(旅行ガイドブックを持って行きましたか?) ガイドブックは持って行っただけで、あまり役に立ちませんでした。(荷物はどうしましたか?) 私はキャリーケースを持って行きました。でも、皆旅行する人たちは大きなバックパックか小さなキャリーケースを持ち歩いていました。 (バックパック旅行で南米を訪れるヨーロッパ人が多いと聞きました) 最初にクスコに到着したとき、すぐにホームステイに入ったわけではなく、3日ほどホステルにいました。そこには外国人しかいなくて、皆キャリーケースではなく自分の背丈ほどのバックパックを背負っていて、ほとんどがヨーロッパ人でした。
今振り返ってみて、実際に見た南米はどうでしたか?危険ではありませんでしたか?
注意して歩けば、夜遅く出歩かない限り危険だという感じはありません。クスコはとにかく街が小さく、道に警察も多かったので危険ではなく、チリは危ないという話もなく、リマについてはクスコのホームステイの方々が「リマは注意したほうがいい」と言って心配していました。
私がいた場所は外国人やお金持ちが多いところだったので、道に警察がたくさんいて、警察も所持品検査を厳しくしていました。スターバックスに行くと、自分の荷物を誰かに持っていかれないように椅子に荷物を縛るようにしていて、警備員も多かったです。通りにも警察が多く、チェーン店では大抵警備員がいるので、夜遅く出歩かなければ大丈夫です。特に危ないことはありませんでした。

© Korea gapyear
プログラム自体の満足度はどうでしたか?
はい、私は満足でした。正直チリは最初の満足度は高くなかったんです。それでも1か月を終えると、こういうことを韓国で経験するのは簡単ではないと思うようになり、最初はつらくて母が恋しくもありましたが、時間がたって慣れると大丈夫で満足しています。
ギャップイヤーを経験して学んだことがあれば
視野が広がると言いますよね。私は最初それがどういう意味か分かりませんでした。というのも、旅行に行っても長くて1週間くらいで、感じることは多かったけれど、こんなに長期間旅行することはなかったので共感できませんでした。実際にプログラムに参加してみると、外国人に出会うこともそうですが、外国人は気軽に接してくることなども学びましたし、韓国人に会うと本当にいろんな職業の人がいて、旅行している20代の人も多いですし、夫婦で10年ほど働いて辞めて来て世界一周をしている人もいました。思ったより世界一周している人が多かったです。アメリカで勉強していて両親は韓国にいるけれどここに遊びに来ている人もいて、さまざまな人が来て本当に文字通り視野が広がりました。
本当に文字通り視野が広がりました。
ギャップイヤーは自分にとって何だと思いますか?
自分自身を少し見つめ直すことができる時間です。ここにいると1年間アルバイトをしたり塾に通ったりとそんな日常だけでした。だから余裕がない感じが多かったのですが、ギャップイヤーで南米に行けば何も考えずに過ごせるので、もっと自分を見ることができました。
このプログラムが二つに分かれてアドバイスをしてくれるとしたら
クスコのスペイン語学校は本当に良いです。韓国人は私だけなので、ヨーロッパの子たちは皆で固まって行動します。だから最初は一緒に行動するのが大変でした。自分からまず近づくことが必要だと思います。スペイン語をある程度、基本的な数字などは学んでから行った方がいいです。
ファームステイのようなものについては、あまり多くを想像せずにただ田舎だと考えるのが良いです。最初に思っていたのと違って大変ですが、慣れれば何でもないように思えます。田舎ではありますが電話やインターネットが使える田舎だと思っていました。田舎でも自分が働きたければ働き、休みたければ休もうと思っていたのですが、向こうの立場では彼らに合わせてほしいと言われました。
ギャップイヤーを終えて帰ってきた今、次の計画はどうなっているのか気になります。
まずは復学して、一度行って戻ってきたらまた行きたくなりました。南米は正直遠くて飛行機も高いので、今度は近いアジアに行ってみたいです。とにかくもっと旅行したいです。向こうの人たちはほとんどアメリカや他の地域を旅行していました。一度行くとどこへでも行きたくなると言っていました。私の進路は教育分野です。外国人に韓国語や韓国文化を教えたいです。副専攻で英語を学んで教育面でさらに進みたいです。
© Korea gapyear
私はとても助かりました。正直行く前は何をすればいいか具体的には分かりませんでした。でも行って戻ってみると「あ、私が進路についてどの方向にどうすべきか」というマインドが生まれました。
-<美しい自然の中、チリ・タルカのホームステイ>, |
行って戻ってきてから顔つきがよくなったようです。
元々もっとふっくらしていたのにかなり痩せました。だからこのプログラムにより満足していると思います。(笑) (食べ物は口に合いましたか?)食べ物は本当に良かったです。よく言われる下痢(お腹のトラブル)もありませんでした。ひどくお腹を壊したこともありません。 (帰ってきてから最近はどう過ごしていますか) 行って戻ってきて(韓国に来てから)14日経ちましたが、着いてすぐは適応できませんでした。時差にもあまり慣れませんでした。実はペルーに行った時も高山病にかかり、韓国に戻っても風邪ではないのですが頭痛がして、時差に慣れず真夜中に一人で目が覚めたりしました。
今回の南米旅行の前に海外旅行した経験はありましたか?
ありますが、中国と日本です。中国は家族と、日本には二回行っていて一度は一人で、もう一度は友達と行きました。それでもこんなに遠くへ行ったのは初めてです。
南米旅行は簡単ではなかったと思いますが、どうやって挑戦することになったのですか?
私の専攻はスペイン語です。スペイン語も学びつつ活動もしてみたくて応募しました。私はとても良かったです。(語学はかなり伸びましたか?)最初は外国人を見ると距離を感じましたが、今では(言語への恐怖心なく)遠慮せずに近づけます。
女性が一人で南米旅行は簡単ではないと思います。ご両親は心配しませんでしたか?
両親も自由な雰囲気なのであまり心配しませんでしたが、むしろ祖父母がとても心配しました。
(行くのに移動時間がかなりかかると聞きました) アメリカを経由して行かなければならず、20時間かかりました。 (移動の過程はどうでしたか?)最初は韓国からアメリカまでで約12時間くらいかかります。アメリカから南米までは6時間かかりました。アメリカまで来ると12時間も耐えられるので、南米に行ったときは慣れました。南米は交通が発達していないのでどこへ行くにも4時間が基本です。だから4〜5時間バスに乗ってクスコに行くのに21時間かかりました。バスの設備は良くて飛行機では1時間の距離でもバスをよく使っていました。韓国では釜山に行くのに4〜5時間かかって多いと思っていましたが、クスコに比べれば何でもないようです。

普段から旅行は好きでしたか?
旅行することは好きですが、こんなに遠くに行ったのは初めてでした。 (どのくらい旅行しましたか?)たくさんは旅行せず、ペルー近郊をよく回りました。写真もたくさん撮りました。
学校でスペイン語を学んでいて、現地で実際にスペイン語を使ってみてどうでしたか?
スペインで話されるスペイン語と南米で話されるスペイン語は違います。発音や速度が違うんです。ペルーはゆっくり話し、チリはとても話すのが早く発音も縮まります。国ごとに違いがあると感じました。 (スペイン語の実力が向上したかどうか) はい。南米でスペイン語を使うと、最初はよくわからなかったのですが、最後にペルーに来て韓国人の民宿に泊まったんです。私は韓国人に代わってスペイン語の通訳をたくさんしました。韓国の方たちと一緒にレストランに行って、料理の注文も私がスペイン語でしたりしました。
旅行だけでも回れたはずですが、語学プログラムに一緒に申し込んだ理由はありますか?
もともと南米やスペインの語学留学を探しているときにギャップイヤーを知りました。直接南米に行くよりも、アメリカでスペイン語が使われるマイアミを勧められるんです。費用が高かったです。でもここはクスコもありチリもあってすぐに挑戦することにしました。だから飛行機のチケットを買って、まず連絡しました!
スペイン語を専攻した。専攻は自分の適性に合っていますか?
正直、1年生のときはよくわからずにやっていて、2年生のときは別の学科に変えることや編入をずいぶん悩みました。ある程度経って2年生が終わり休学して… スペイン語はカンナムにある語学学校で学びました。正直、語学学校ではスペイン語は上達しませんでした。友達も1年ほどペルーやメキシコに行ってきて、とても役に立ったと言っていました。交換留学は長期間滞在しなければならないので、むしろ旅行のように行く方がいいと思いました。
現地の語学学校のカリキュラムはどうでしたか?
まだ韓国人もおらず、ポーランドやドイツ、アメリカの人たちがいました。アジア人はほとんどおらず、ほとんどがヨーロッパ人でした。ある程度の体系感もありました。学園の授業が終わると午後に南米ペルー料理を作るような活動をし、金曜日には4時間授業のうち2時間はクスコ近郊の文化を体験するアクティビティがあり、楽しかったです。「クイ」というモルモットの肉があります。形を見て戸惑いましたが、実際に食べてみると韓国のチキンに似ていておいしく食べました。金曜日は先生と学生で何をしたいかを一緒に相談して決めます。だからクスコ近郊の伝統市場や展望台に行ったり、動物園に行ったり色々して2時間ほど遊びました。

スペイン語の授業の構成はどうでしたか?
会話中心に合わせられていて、基礎的な動詞変化や時制の変化、単語などを学びました。(韓国で学んだことと違いがあるかどうか気になります)人々自体が外国人で、スペイン語を必ず使うことになり、スペイン語ができないと英語で説明されるので違いを感じました。韓国と違ったのは、休み時間があれば韓国では韓国語で話すべきですが、そこでは英語かスペイン語で話すようになったことです。(現地で友人と交流は多かったですか?) 一緒にホームステイしていた友人たちや、友達とは言いにくい年配の女性たちとも仲良くなりました。1週間ほど残ったときにホームステイ先の人が変わったのですが、その人ともよく遊びに行きました。
ホームステイはどうでしたか?
私はよく知らないのですが、元々予定していた方が変わったそうです。より良い方に変えてくださったそうです。なので行ってみると本当に良かったと思います。一緒に週末に車で近郊へドライブにも行きました。。(部屋は不便ではありませんでしたか?)クスコは不便なことはありませんでした。ローミングをしていれば電話はできたと思うのですが、電話ができなかったことを除けばそれほど不便ではありませんでした。宿泊先にWi-Fiはなかったですが、学園にはWi-Fiがありました。 (ホームステイの際も食事はすべて提供されると聞いています)はい、すべて提供してくれました。日曜日の昼はカトリックの行事があったので、日曜日の昼を除いては全部出してくれました。(食事は口に合いましたか?) チャーハンや丼のようなものもあり、肉やジャガイモ、サラダなどどれも口に合いました。。 (学園との距離は)ホームステイ先と学園までは歩いてだいたい20分ほどかかりました。クスコは町が小さいんです。周辺の遺跡や広場も小さいです。
ペルーではたくさん旅行しましたか?
クスコ近郊の見どころやツアーできる場所がたくさんあります。マチュピチュに入る前の「オヤッタ」という村、マチュピチュ、ペルーではインカやバジェスタ要塞、パラカス国立公園に行きました。
スペイン語がある程度できたため、プログラムに参加する上で利点があったと思います。
みんな英語がある程度通じると思っていて、リマは大都市なのでどこへ行っても英語で対応してくれますが、クスコは正直南米のどこへ行っても道を尋ねようとしてもスペイン語を少しでも使うと必ずスペイン語で道を教えてくれます。英語で尋ねてもスペイン語で答えられ、人々はみんなスペイン語で話すので不便でした。
© Korea gapyear
ペルーで語学勉強を終え、チリのファームステイでギャップイヤーを過ごしました。
特にファームステイプログラムを選んだ理由は
最初はクスコにだけいるつもりでしたが、私と相談した方がチリや他の場所に行くことを勧めてくれました。南米は一度行くのが簡単な場所ではありませんよね。だから最初はクスコだけのつもりでしたが、チリにも参加すると言いました。
チリの場合、サンティアゴまでは4時間ほど離れていると聞きましたが
チリは長距離バスの便が良いので近郊旅行のときにも利用します。クスコを出発する前日に連絡が来て、バスに乗ると『何時に会う』と言われ、バスターミナルに行けばそれで済みました。来るときはトラックに乗せてもらいました。
初日は遅く着いたので料理だけして、翌日から仕事を始めました。最初は簡単な仕事をしていたのですが、後には動物の糞の掃除などもしました…。馬もいます。アルパカ、犬、馬、猫がたくさんいます。馬は広い土地に一日中出ていて、夕方に呼ぶと戻ってきます。柵に入れるのに時間はかかりますが、自分で来てくれました。ですから小屋に入れて餌をやり、糞も掃除しました。 (馬には直接乗りましたか) 馬には乗りませんでした。見るだけでした。
農場の夫妻と一緒に暮らしていると聞きました。
農場の主の夫妻のほかに別の男性がいます。チリの方で、農作業はあまりせずに料理をしたり、サンティアゴと行き来しながら暮らしている人です。 (他の学生はいませんでしたか)滞在していた他の学生はいませんでした。(コミュニケーションはスペイン語でしたか) はい、スペイン語で話して、わからないときは英語で聞いて答えてくれました。 (奥さんが本当にいい方だと聞きました)本当に最初はなかなか慣れずにぎこちないこともありましたが、時間が経つにつれてよく気にかけてくれました。『何か必要なものはない?大丈夫?』と何度も聞いてくれました。ご主人はいましたが週に一、二回しか会いませんでした。チリでも教授をしているのであまり顔を合わせる機会がなかったようです。
プログラムに参加する前に考えていたことと違った点はありましたか
私が考えていたのとはかなり違いました。私はボランティアというと『ヘルパー』、手伝うというイメージで、そんなにたくさん働くとは思っていませんでした。しかしファームステイの主人は、私がやりたいときにやるのではなく、働く時間を決めてくれました。
違うならやらなくてもいいし別の場所に行ってもいいから決めてほしいと言われましたが、実際一人でいるとどこかへ行くのはためらわれました。だからとりあえずやる、平気だと答えました。最初は正直なかなか慣れませんでした。携帯やインターネットも使えずもどかしく、家族にも連絡が取れないと事前に伝えていましたが、実際に一週間連絡がないと母の立場ではとても心配したようです。最初は慣れるのが大変でしたが、一、二週間で慣れました。
携帯やインターネットが使えなかったとは、かなりもどかしかったでしょうね。
私は野球が好きで、野球のニュースがとても気になりました。それに韓国で何が起きているか気になり、家族や友人に連絡したいのにできず辛かったです。最初はノートパソコンで『無限挑戦』を飽きるほど見ていました(笑)。(慣れるのにどれくらいかかりましたか)私は1週間から2週間くらいかかったと思います。(途中で両親と少し連絡がとれたと聞きましたが、どうやってできたのですか) 家の裏の山に登ったのですが、その山では少しインターネットが繋がることがありました。全く繋がらないときもありますが。そこで山に一緒にいたおじさんにホットスポットを頼んで、山でスマートフォンから連絡しました。(連絡が取れなくて両親はとても心配したでしょうね)ほぼ一週間ぶりに最初に連絡したとき、韓国は朝の5時でした。とにかく連絡しなければと思って早朝にビデオ通話アプリでしました。とてももどかしかったですが大丈夫でした。後でおばさんと娘さんがスーパーの近くに行ってWi-Fiで連絡しました。
自分について考える時間がたくさんあったと思います。
朝に3時間、夕方に3時間を除くと、食事をしてもほとんど時間が余るので考えることも多かったです。最初はやることがなかったので、できるだけできることをたくさんして、夜には日記をたくさん書きました。日記を書くと一日の整理にもなり、あとでどこへ行っても日記を見れば思い出すことができました。
他に不便な点はありませんでしたか。
田舎で虫が多かったので、私は元々虫を殺さずに外に投げることが多かったのですが、虫が際限なくとても多く出てきて、おばさんにも聞きました。「そのまま殺していい」と言われたので、ただ殺しました。文字通り最初はつらいですが、慣れれば大丈夫です(笑)。
農場ではどれくらい働きますか?
仕事は朝9時半ごろに始めて1時半まで、約3時間働き、午後5時過ぎから2、3時間働きました。(農業をした経験はありましたか?)おじいさんが小さな畑をしていたときに手伝った経験はあります。でも、このファームステイプログラムに行くと農場に動物がたくさんいますよね。動物の糞なども片付けたり、山に行って登山道も作ったりしました。木の排水路があって、排水路の作業もしました。 (週末は主にどんな仕事をしていましたか?)週末も仕事はしますが平日に比べて簡単な仕事でした。実を採ってアルパカにあげたりしました。木に小さなリンゴのような実がたくさんなっていて、重くて倒れそうだから実を採ってアルパカにあげてと言われました。実が熟していなかったのが残念でした。熟したものを採るほうがずっと楽しかったでしょうね。
仕事はとても役に立ちましたか?
はい、私にはとても役に立ちました。正直行く前は何をすべきか具体的に分かりませんでした。でも行ってみると『あ、私は進路についてどの方向にどうすればいいか』という考えが生まれました。
残りの期間、どのくらい旅行しましたか?
約3週間でした。リマを少し回り、そこの人たちといくつかの観光地を回りました。砂漠にも行きました。砂が細かくて怪我はしませんでした。ただ車に乗ってツアーを回りました。(旅行ガイドブックを持って行きましたか?) ガイドブックは持って行っただけで、あまり役に立ちませんでした。(荷物はどうしましたか?) 私はキャリーケースを持って行きました。でも、皆旅行する人たちは大きなバックパックか小さなキャリーケースを持ち歩いていました。 (バックパック旅行で南米を訪れるヨーロッパ人が多いと聞きました) 最初にクスコに到着したとき、すぐにホームステイに入ったわけではなく、3日ほどホステルにいました。そこには外国人しかいなくて、皆キャリーケースではなく自分の背丈ほどのバックパックを背負っていて、ほとんどがヨーロッパ人でした。
今振り返ってみて、実際に見た南米はどうでしたか?危険ではありませんでしたか?
注意して歩けば、夜遅く出歩かない限り危険だという感じはありません。クスコはとにかく街が小さく、道に警察も多かったので危険ではなく、チリは危ないという話もなく、リマについてはクスコのホームステイの方々が「リマは注意したほうがいい」と言って心配していました。
私がいた場所は外国人やお金持ちが多いところだったので、道に警察がたくさんいて、警察も所持品検査を厳しくしていました。スターバックスに行くと、自分の荷物を誰かに持っていかれないように椅子に荷物を縛るようにしていて、警備員も多かったです。通りにも警察が多く、チェーン店では大抵警備員がいるので、夜遅く出歩かなければ大丈夫です。特に危ないことはありませんでした。

© Korea gapyear
プログラム自体の満足度はどうでしたか?
はい、私は満足でした。正直チリは最初の満足度は高くなかったんです。それでも1か月を終えると、こういうことを韓国で経験するのは簡単ではないと思うようになり、最初はつらくて母が恋しくもありましたが、時間がたって慣れると大丈夫で満足しています。
ギャップイヤーを経験して学んだことがあれば
視野が広がると言いますよね。私は最初それがどういう意味か分かりませんでした。というのも、旅行に行っても長くて1週間くらいで、感じることは多かったけれど、こんなに長期間旅行することはなかったので共感できませんでした。実際にプログラムに参加してみると、外国人に出会うこともそうですが、外国人は気軽に接してくることなども学びましたし、韓国人に会うと本当にいろんな職業の人がいて、旅行している20代の人も多いですし、夫婦で10年ほど働いて辞めて来て世界一周をしている人もいました。思ったより世界一周している人が多かったです。アメリカで勉強していて両親は韓国にいるけれどここに遊びに来ている人もいて、さまざまな人が来て本当に文字通り視野が広がりました。
本当に文字通り視野が広がりました。
ギャップイヤーは自分にとって何だと思いますか?
自分自身を少し見つめ直すことができる時間です。ここにいると1年間アルバイトをしたり塾に通ったりとそんな日常だけでした。だから余裕がない感じが多かったのですが、ギャップイヤーで南米に行けば何も考えずに過ごせるので、もっと自分を見ることができました。
このプログラムが二つに分かれてアドバイスをしてくれるとしたら
クスコのスペイン語学校は本当に良いです。韓国人は私だけなので、ヨーロッパの子たちは皆で固まって行動します。だから最初は一緒に行動するのが大変でした。自分からまず近づくことが必要だと思います。スペイン語をある程度、基本的な数字などは学んでから行った方がいいです。
ファームステイのようなものについては、あまり多くを想像せずにただ田舎だと考えるのが良いです。最初に思っていたのと違って大変ですが、慣れれば何でもないように思えます。田舎ではありますが電話やインターネットが使える田舎だと思っていました。田舎でも自分が働きたければ働き、休みたければ休もうと思っていたのですが、向こうの立場では彼らに合わせてほしいと言われました。
ギャップイヤーを終えて帰ってきた今、次の計画はどうなっているのか気になります。
まずは復学して、一度行って戻ってきたらまた行きたくなりました。南米は正直遠くて飛行機も高いので、今度は近いアジアに行ってみたいです。とにかくもっと旅行したいです。向こうの人たちはほとんどアメリカや他の地域を旅行していました。一度行くとどこへでも行きたくなると言っていました。私の進路は教育分野です。外国人に韓国語や韓国文化を教えたいです。副専攻で英語を学んで教育面でさらに進みたいです。
このプロジェクトが特別な理由