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ギャップイヤー TIP
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道の上で見つけた真の幸福 —イ・ミギョン—

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自分の愛する人生を生き、今生きている人生を愛しなさい

「あなたが生きている人生を愛し、あなたが愛する人生を生きなさい」

 

ギャップイヤーを計画しているなら、勇気を出して一歩踏み出してください。自分が愛し、情熱を注げることをしてください。今この瞬間を逃すと永遠にできないかもしれません。自分を信じ、自分の選んだ道を信じてください。

 

 

第62回 ギャップイヤー族 Gapper イ・ミギョン

ギャップイヤー期間:  2015年1月〜2016年1月 (合計 1年)

カウチサーフィンとヒッチハイクで世界一周をしながら、旅の途中で見つけた本当の幸せ

 

 

現在、韓国は、

一年間で中高生の学業中断が6万人、夢がなくただ遊んでいる20代が34万6千人、就職後1年以内の離職率が40%台に突入、 大学生の75%は大学生活に満足しておらず、社会人の80%以上が幸福を感じていないと言われています。 多くの人が夢を持てと言うが、現実的な方法や支援がないこの問題を解決するために 韓国にも『ギャップイヤー』を導入したいと考えています。

 

「ギャップイヤー(Gapyear)」とは学業や仕事を並行するか一時的に止め、ボランティア、旅行、インターン、教育、起業などのさまざまな活動を通じて 今後進む方向を設定する時間であり、アメリカ、ヨーロッパ、日本などで推奨されている文化です。

 

*ギャップイヤーのホームページでさまざまな経験の時間を確認してください! (クリック)

  

 

 


# 自分自身に集中する時間を持ち、自分の住む世界の外を自分の目で確かめたかったのです。


2014年の夏、そのとき初めて一人で約70日間ヨーロッパを旅しました。実はそれまでは旅行にあまり興味がなく、国内旅行すら行ったことがありませんでした。周りの人たちがそんなに素敵だと言うヨーロッパを私も見てみたいという気持ちだけでした。旅行の準備をしている間、旅行が私の人生をこれほど大きく変えるとは全く思っていませんでした。


しかし約2か月半、毎日が胸の高鳴りに満ち、明日が待ち遠しい幸せな出来事でいっぱいの旅をしました。帰りの韓国行きの飛行機で2時間も日記帳を握りしめて号泣したほどです。部屋に横たわると夢のような瞬間たち、エッフェル塔の前に座って消灯を見守ったあの時間がパノラマのように過ぎ去りました。初めてでした。毎日こんなに胸がドキドキする瞬間が続くなんて。


それでまた一度旅に出ようと決めました。いつになるかは分かりませんでしたが、大学を卒業する前に長期旅行にぜひ行ってみたいと思っていました。旅の中で感じた情熱や幸福、心の震えをもう一度味わいたかった。そしてひたすら自分自身に集中する時間を持ち、自分の住む世界の外を自分の目で直接確かめたかったのです。



# 彼らの「日常」をそばで観察したかったのです。


初めてヨーロッパへ行ったときは情報も不足していて、初めての旅だったので有名なホステルに泊まりながら豊かな旅をしました。昨年の旅のコンセプトは他の旅人がやっていることを全部やってみて、できるだけ多く見て学んで帰ろう、ヨーロッパの多くの国を見て回るのが目標でした。持っていったお金もどんどん使ってランドマークも訪れ、キャリーケースを引いてそれなりに贅沢な旅を楽しんだと思います。


それで今回の旅は超低予算でやってみようと別の目標を設定しました。他の旅人がやっているなら私も当然できるだろうという考えと自信がありました。まず先に旅に出た人たちのブログを参考にし始めました。旅人の方々に直接連絡して情報を得たり講演を聞いたりもしました。


ちょうどそのとき、カウチサーフィンと自転車でトルコを3か月で100万ウォンで横断した方がいました。お金を稼がなければという思いで目の前が真っ暗になりましたが、低予算で旅をすることは可能に思えました。そして今回の旅では外側からその国の文化を眺めるのではなく、現地の文化に溶け込みたかったのです。現地の人々の日常生活をそばで直接体験し理解したかったので、カウチサーフィンとヒッチハイクをすることに決めました。


他の国の人々はどんな環境で働き、彼らの日常は私の日常とどう違うのか、さまざまな国籍の私と同年代の人たちがどんな価値観を持っているのか興味があったので、彼らの「日常」をそばで観察したかったのです。

# 200回を超えるヒッチハイクは、私の旅を何よりも価値ある特別なものにしてくれました。


ヒッチハイクをしようと道に立って親指を立てて車を待つその瞬間は、本当に自由な気分になります。しかし一人でヒッチハイクをして恐怖がないとか緊張しないとは言えないと思います。緊張もします。悪い人を見抜けずに車に乗ってしまったらどうしよう。常に100パーセント安全とは限りませんから。だから旅に行こうとする国が危険な場所かどうかスクラップや新聞記事を念入りに調べ、国に行く2〜3日前からA4用紙に基本会話のフレーズを書き込んで覚え、ヒッチハイクしながら運転手と練習したりしました。やはりその国の言葉を少しでも話せるかどうかで旅の質が大きく左右されると思います。

トルコで初めてカウチサーフィンを体験し、コーカサスでは本格的にヒッチハイクを始めることになりました。トルコでの最初のカウチサーフィンのホストは私と同い年の女子大生で、二人目のホストは料理が本当に上手なカップル、三人目はタトゥーアーティストの男性ホストでした。タトゥーショップのリビングのソファに泊めてもらいました。毎朝タトゥーショップの近くのケバブ屋さんでケバブとチョコレートミルクを買って飲み、タトゥーショップを開けます。


タトゥーショップはトラブゾンでかなり有名らしく、トルコ人で賑わっていました。お客さんが遊びに来て一緒にリビングに座っておしゃべりすることもありました。英語が通じなかったからか、トルコ式のお茶を振る舞ってくれて、トルコ語のスパルタ式レッスンもしてくれました。ホストが仕事を終えると、近所の友達とビールを一杯飲んで帰ってきて映画を見て寝ることもありました。そしてアルメニアのエレバンの芸術大学に遊びに行ったとき、写真学の教授が偶然私のカメラの写真を見て大学の写真展に写真を展示してくれました。


アルメニアの友人たちと屋外コンサートに行ったとき、雨が降って一緒に雨の中で踊ったこともありました。韓国ではあまり会う機会がなかったヨンヨンと友人たちと演技の授業を受けたり演劇を観に行ったり、オートバイで世界を旅する私が本当に尊敬する旅のメンターと縁があって一緒に旅をし、多くのヒントと勇気を得ました。メンターの教えのおかげで、1年間楽しく幸せにそして安全に旅ができたように思います.


イランは、私が経験したどの国とも異なる、中東の濃厚な香りがありました。イランでは無銭旅行をすることになりました。単にお金がなかったからではなく、無銭旅行をすることでお金があるときには感じられなかった現地の人々の情や施しを感じられ、観光地から離れて現地の人々の暮らしや文化により近づけたからです。


イスラム教と自由奔放な魂が入り混じるイラン。無銭旅行を始めてから、それまで全く意識していなかったものが真っ先に目に入るようになりました。さまざまな家族に会い、招かれてさまざまな家で寝泊まりをしました。どの家にも個性あふれる絨毯が敷かれ、コーランの一節が壁に掛かっている家もあり、ほとんどのアパートのトイレは和式トイレでした。


どの家でもきゅうりやリンゴ、パンがほぼ必需品のようにきちんと台所に並んでいました。夜明けの5時にチャドルをかぶってご近所のモスクにふらりと入り、イランのおばさんたちにお祈りの仕方を教わったり、モスクの階段に腰かけてチャイを飲みながら、目を見張るようなイランのモスクの華やかさにまた驚かされたりもしました。




ヨーロッパでは多くの仕事を経験しました。現地の人と一緒に働き、職場での直接的な経験を積むことも旅の一部だと考えていたので、機会があれば何でもしようとしていたようです。スロバキアでは、カウチサーフィンで偶然知り合った私と同い年の男の子の紹介で、スロバキアの青少年スカウトキャンプにスタッフとして参加することになりました。

本当に何もない森の中の平原でした。果てしなく広がる芝生が続き、四方は頑強な木々に囲まれた場所です。電気もなく、市街地からもかなり離れているような森の中でした。草を摘んで天然のハーブティーを煎じて飲んだり、シャワー室も自分たちで作って渓流の水を使ってシャワーを浴びたりしました。

山や野原を走り回りながら子どもたちとさまざまなプログラムを楽しみ、韓国語を教えるワークショップも開きました。たぶん初めてだったでしょう。私たちが普段使っている電気や電子機器、文明からこれほど長く離れたのは。今でも目を閉じると真夏の夜を思い出します。闇が訪れる夜は電気がなくても一片の雲もない空に広がる天の川。ちょうど暖かい天気だったので、一緒に働く仲間たちとただ芝生に寝袋を広げて中に入って、夜通し星が降るような空を見ながらおしゃべりしました。

静かに時間の流れに身を任せていると、流れ星が次々と空を横切ることもあります。そのたびに願い事をしました。いつかここを離れても今日のような流れ星を見たい、と。幸せだったこの瞬間を忘れず心の奥深くに刻もうと。



ベルギーではエコビレッジや農場でプラムを摘み、カルフールから提供された食材で一緒に働く人たちのための料理を作ったり、クロアチアの夢の島フヴァルのホステルでは3週間、朝にパンケーキを作り、野菜ジュースを作り、掃除をしながらお客さんと一緒に島を案内する仕事をしました。あ、クロアチアのドゥブロヴニクでは15メートルを超える崖からダイビングもしました。本当にドキドキする瞬間でした。


本当に辛かった瞬間もありました。ちょうどシリアやアフガニスタンの難民がヨーロッパに多く入ってきていた10月でした。最初は戦争やテロで生活の基盤を失った難民たちを助けたいと思っていただけでした。韓国からは遠いことですが、その当時ヨーロッパで頻繁に難民のニュースを目にしていた私は、ぜひやりたいと思っていたことでした。


ドイツの難民ボランティアコミュニティが最も活発に活動していたので、ドイツ人の友人の勧めで思い切って難民キャンプに行きました。最初は2〜3日ほど手伝ってからキャンプを離れるつもりでしたが、結局約2週間働き、事前に予約してあった飛行機のチケットのために残念ながらやめざるを得ませんでした。難民キャンプは本当に熾烈でした。おそらく新聞でしか接したことのない方々には絶対に共感できないだろうと思います。私もそうでしたから。


難民キャンプの現実を体験してからは、劣悪な環境や胸が痛む事情を目の当たりにし、自分の力が足りないことを感じて夜通し泣いたこともありました。体は疲れていても、一日に5000人を超える難民が到着し、寒さに震えながら入国審査を待つときは人手が足りず、一晩に3時間も寝られず夜明けまで働くこともありました。


秋の雨が夜通し降り続けた寒い日、ほぼ8時間雨の中で入国審査を待っていた女性が低体温症で流産してしまった事件があり、本当に憤りを感じ、彼らに背を向ける無関心な世界を軽蔑しましたし、自分自身も大きな衝撃を受けて隠れて泣くことしかできませんでした。寒さに震える難民たちに服を提供し、温かい料理を分け、難民がより良い環境で入国手続きが受けられるように助けることは非常に大変でしたが、入国審査を終えて笑顔でキャンプを出て行く難民たちを見ると達成感も感じました。




ヨーロッパがだんだん寒くなってきた頃、飛行機でタイに向かいました。何となく退屈なときはいつも大学に足が向きます。大学の図書館に行ってこれまで溜まっていた時事の勉強をしながら文章を書いたり、バスケットコートに行ってバスケットをしている現地の大学生たちをぼんやり眺めたり、教授に頼んで現地の学生の隣に座らせてもらい熱心にノートを取って授業を聴くこともありました。

それでタイでは旅行というより交換留学生のように、さまざまなタイの大学生の友人たちと過ごしました。マイパルアンという地域の女子寮でタイ人の友達と一緒に暮らし、スクーターに乗って学校に行って授業を受け、学食を食べ、放課後は友達とコーヒーを飲みに行ったり夜市でおやつを買ったりして、タイの大学生の生活をより身近に見て学びました。

学校の学園祭に遊びに行ったり、友だちの課題やプロジェクトを手伝ったりしました。あるときは海辺へ行き、ハンモックに寝転んでココナッツジュースを飲みながらひとりの時間を楽しみました。いろいろな家族の家を訪ね、友だちのお父さんがトムヤムクンを作るのを目を輝かせて見ていました。家族が本当に異なる住環境で暮らしているのを見て、タイの貧富の差の深刻さを感じることもありました。


そして最後に、遠い隣国の日本へ旅行を締めくくりました。仲の良い大学の友人が日本に遊びに来て一緒にヒッチハイクをしたり、現地の友だちもできて本当に楽しい時間を過ごしました。寒い冬で雪が降る日、東京から大阪まで冷たい手をふうふうしながらヒッチハイクをしました。1時間も車を待っていてあまりに寒いときは、サービスエリアの駐車場で円を描くように走ったこともあります。


京都駅でビラを敷いて野宿をしたこともありましたが、友だちが一緒だったので本当に心強かったです。日本人の友だちの家に行って一緒に日本食を作って食べたり、夜通しバラエティ番組をつけてこたつに入っておしゃべりしたり、交通費を節約するために一日中足が痛くなるほど歩いたあとに入った暖かくて心地よい温泉。大変でしたが「若いうちは苦労を買ってでもする」という格言のように、何にも代えがたい大切で幸せな瞬間でした。



# 私にとって旅はまた別の勉強でした。もちろん学校で行う勉強とは違う『道の上の学校』でした。


私にとって旅はまた別の勉強でした。もちろん学校で行う勉強とは違う『道の上の学校』でした。二本の足で、二つの目で、胸で感じる新しい学び方でした。私の狭い部屋の外で暮らす人々の日常について知りたかったのです。


世界には数えきれないほど同年代の人たちや、さまざまな分野で働く人々、家族がいますが、彼らはいったいどんな日常を送っているのだろう。どんな価値観や文化を持って暮らしているのだろう。これらを探究することが私の最大の関心事でした。日々新しい人生の勉強をしながら、私の世界の外にいる人々と視点を共有し、現実と理想のそのどこかをさまよい続けました。そして世界旅行をする中で、これまで挑戦できなかった多くのことに挑戦しました。

371日間で27か国を回り、現地の人々の日常を観察しました。最初はただカウチサーフィンから始めましたが、いつの間にかヒッチハイクに夢中になり、1年間で長距離バスや列車に乗った回数が数えられるほどでした。ヒッチハイクで国境を越えながら19,105kmを走りました。ヒッチハイク中に200人を超えるドライバーの方々に出会い、記憶に残る人が本当に多いです。今でも個人的に連絡を取り合っている人もいます。


そうして200回を超えるヒッチハイクは、私の旅を何よりも価値ある特別なものにしてくれました。もしヒッチハイクをしていなかったら、ベルギーの家族に招かれて朝にベルギーのパンケーキを一緒に作ることもなかったでしょう。ハリウッドの映画監督に会うこともできなかったし、スロバキアのロックバンドのコンサートで一日アルバイトをすることもできなかったでしょう。ヒッチハイクをやめるには、ヒッチハイクが与えてくれる特別さがあまりにも多すぎます。車に乗る前に運転手の目を見て短い会話を交わし、いろいろな人に会うことで人を見る目も養われました。



- ヒッチハイクをして学んだこと


他人の親切さを学べます、その国の文化や言語をとても早く身につけることができます、一般の観光客が見落としがちなローカルの場所を訪れることができます、予測不可能でダイナミックな出来事が待っています、人を見分ける方法と信じる方法を学びます。


私は最初、本当に人をあまり信じていませんでした。特にインドを訪れた後はもっとそうだったでしょう(呼び込みの人たち…)。正直、ヒッチハイクをすると言うと『誰が乗せてくれるんだ、今どき』といった感じでしたが、本当に乗せてくれました。世の中には変な人もたくさんいますが、こんなにも温かい人たちも多いんだなと。世の中って本当に美しい、暮らす価値があると感じました。


楽しいです。こうしたことを学び経験すると、自分も受けたものを人に与えて生きようという使命感が湧き、いろいろな車に乗って高速道路の一つ一つを覚えて準備するのも楽しく、道路に身を任せるのも面白いです。車を長く待つと退屈することもありますが、ヒッチハイクに成功すると嬉しくてやりがいを感じます。人をより信じられるようになり、文化を習得する機会も格段に増えるので、ヒッチハイクは旅をより豊かにしてくれます。ひとりでバスに乗れば10時間移動して退屈するところですが、ヒッチハイクは完全にダイナミックで退屈する暇がありません。いつも運転手と話します。私は24時間忙しかったです。


ヒッチハイクで基本的なトルコ語会話を多く学びました。トルコにいるときはトルコ人と問題なく基本的にコミュニケーションがとれる程度です。英語がまったく通じないこともあるので、紙切れにトルコ語やペルシア語を書いてポケットに入れておき、取り出して英語ができない運転手と一緒に練習し、新しい文を覚えたり発音を矯正してもらったりしました。途中で運転手が空腹になるとローカルのレストランに連れて行ってくれることがあり、そういうときに本当に地元の名店を知ることができ、観光客がバスで行くと見落とすような中間のポイントを多く通ったり、ちょっと停まって行くという点もヒッチハイクのもう一つの良いところです。


言語が伸びやすく、さまざまな職業の人にも会えます。医者、映画監督、整備工、スーパーマーケットの店主などなど。そしてその国の人々がどのような車に乗り、どんなラジオや音楽を聴いているのかといった日常面も多く学べますし、その国に関する基本的な情報や歴史、政治についても学べます。もちろん交通費もかからないので一石二鳥です!



 

# 履歴書に書く一行のためのスペックよりも、純粋に自分の人生の価値を高め、より情熱的に生きられる仕事をしたいです。


 

私はギャップイヤーを通して、世界は広く素敵な人がたくさんいて、自分に足りない点がとても多いことを学びました。旅をしながら常に学んでいます。「旅は路上の学校だ」という言葉がありますよね。様々な人に出会い、いろいろなものを見て試し、いつも何かを学んでいます。(ジェンベ、肖像画の描き方、起業家の方々に会うこと、歴史の勉強、など)


世の中は生きていく価値があり、美しいとよく感じます。 旅をしていると先入観を打ち破るのが本当に面白いです。これまで私がイスラム教徒や黒人、ヨーロッパ人について抱いていた先入観や偏見が一つずつ崩れていきました。宗教・背景・年齢に関係なく、人をそのままの姿で見たいです。これからどう生きるべきか、どう生きれば自分の人生がより豊かで情熱的になるかを常に考えるようになりました。職業は世にあふれているものであり、大企業だけを目指して就職を第一目標に大学に通うという価値観が変わりました。情熱的な人生を送りたいです。


そして以前は正直、幸福だと強く感じたことはほとんどありませんでした。 時々楽しいとは思うことはありましたが、毎日心が躍りもっと長く生きたい、自分の人生が愛おしくて幸せだと感じたことはなかった気がします。なぜ私の人生はこんなに味気なく退屈なのだろうと思っていましたが、最近は日々がダイナミックで幸せです。 


些細なことにも感謝し、前向きになった気がします。人生についてより多く考えるようになりました。価値ある人生のことです。たくさんお金を稼げなくても、どう生きれば昨日より良い自分になり、自分の人生が幸せで豊かになるのかを考えるようになりました。 


そして最近、以前は考えだけで終わっていたことを一つ一つリストに書いて実行しています。バケットリストをいつも作っています。 毎年年初に具体的に書きます。どこへ、どのように旅行したいか。やりたいことを思いついたときは随時メモして、見えやすい場所に置き、よく見ながらバケットリストを達成している自分の姿を想像します。目標達成時には報酬を与え、具体的な実行期間を書くこともあります。 


バケットリストを作るコツは、カテゴリーごとに書いてみることです。私は旅行、文化、キャリア、趣味のカテゴリーに分けました。バケットリストを頻繁に見ることで、自分がどんな人かを考え続け、どうすれば後悔のない幸せな人生を送れるかを考えるようになります。漠然と「いつかやろう」と思っていた頃の私より、バケットリストを作った後の私はより多くのことを実行しており、人生の楽しみをより多く見つけています。本当に人は考える通りに人生が流れていくようです。  


専攻も一生懸命勉強して、自分の学んでいる分野に関する知識を自信を持って他人に伝えたいですし、履歴書に書く一行のためのスペックよりも、純粋に自分の人生の価値を高め、より情熱的に生きられる仕事をしたいです。他の大学生のように就職に執着しないのは非現実的で理想的かもしれませんが、自分の人生ですからやりたいことをしながら生きようと思います。うまくやれていると思うので「就職できないだろう」といった心配は特にありません。頑張っていれば道はいつもあると思います。言語にも本当に多く興味が湧きました。


実はギャップイヤーに出る前、進路についての不安が多くありました。本当に休学して旅に出ることは正しいことだろうか。私は正しい選択をしているのだろうか。心配は多かったのですが、教授や先輩方に十分に助言を求めてから、ギャップイヤーを旅して過ごすという後悔のない選択をしたように思います。旅が終わってから気づきました。 私が進んでいる道が正しいか間違っているかは分かりませんが、それでも自分が進む道に確信が持てたということです。私が夢見る理想の人生は誰かの理想郷とは違うかもしれませんが、自分の望む人生を生きるために毎日夢見て前に進む自分が愛おしいのです。


最初は本当に心配していた両親も、旅をしている間に頻繁に連絡を取り、現地の友人たちと撮った写真を送ったり、熱心に世界を経験している姿を見せるうちに、後になって良く思ってくれるようになりました。


 



毎日、明日が楽しみなこの頃です。



最近は本当に毎日が旅のように楽しいです。旅で学んだことを実践し、復習する時間を過ごしています。旅の間に興味を持った国際情勢、歴史、社会問題にも絶えず関心を注いでおり、あちこちを放浪して回った旅とはまた違う定住生活を楽しんでいます。


正直、まだ進路ははっきり決まっていませんが、様々な経験を通してだんだん方向性が定まってきているように感じます。毎日を後悔しないように、やりたいことをしながら一生懸命そして楽しく生きています。最近は本を書きながら旅をし、もっと深く学びたいと思っていた勉強もしています。 


最近できた趣味であるウィンドサーフィンとSUP(スタンドアップパドルボード)に乗って漢江で楽しい夏休みを過ごしています。毎日、明日が楽しみなこの頃です。そして社会に役立つ人になりたいです。私が受けた親切を必要な人に還元したいです。旅先で出会った外国の友人たちが韓国に遊びに来たら、ソウルを案内して美味しい店にも連れて行きます。そして大学の交換学生交流サークルに入りました。 


私が旅をしているときに世話をしてくれて大きな支えになってくれた現地の友人たちのように、私も外国人学生が助けを必要とするときに手助けできる支援者であり友人になりたいです。韓国に来た交換学生の友人たちが楽しい韓国生活を送り、たくさんの幸せな思い出を作って帰ってほしいです。


来年スペインのバルセロナへ交換留学に行くことになりました。だからスペイン語を一生懸命学んでいます。実はいつか中南米を旅して地域コミュニティやNGOの活動を手伝い、隙間時間にボランティア活動をしたいと思っています。2018年には平昌オリンピックで儀典/通訳のボランティアをしたいです。 何よりも、今は自分が生きている現在をより愛し、より充実させることに集中したいです。



#愛する人生を生き、今生きている人生を愛そう


愛する人生を生き、今生きている人生を愛そう

『あなたが生きている人生を愛し、あなたが愛する人生を生きなさい』


私が一番好きな言葉であり、気が緩んだときにはいつも思い返す言葉です。いつも自分の望む人生を描き想像し、毎日を幸せに一生懸命、そして今の自分の人生も愛しながら生きていれば、憧れていた人生を生きている自分に出会えるのではないでしょうか。

ギャップイヤーを計画しているなら、勇気を出してください。もう一歩前に踏み出しましょう。自分が愛し、情熱を注げることをしてください。今この瞬間でなければ永遠にできないかもしれません。自分を信じ、自分の選択を信じてください。ギャップイヤーを上手く活用して、学校に通っている間は没頭しにくかったことや、卒業する前にぜひ成し遂げたかったことをやってほしいです。


<100人のギャップイヤー族のギャッパー紹介>

「100人のギャップイヤー族のギャッパー」はテレビや本の中に存在するメンターではなく私より少し先に、そして私より少し大きな勇気を出した人たちの話です。似た状況にあって、似た悩みを抱えていた100人の物語が、あなたの人生に訪れる重要な決断の瞬間に小さな助けとなることを願っています。

100人のギャップイヤーの推薦および情報提供はいつでも歓迎します。

コメントやメッセージを残していただくか、マーケティング担当のチェ・ダヨン(choi@koreagapyear.com)宛にメールを送ってください!